8月6日、無認可の資金サービス事業を共謀して運営した罪でローマン・ストーム氏に下された有罪判決は、まったくもって狂気の沙汰だ。
送金業務における犯罪行為に関するライセンス付与、監視、執行措置を担当する規制当局であるFinCEN(金融犯罪取締局)は、暗号通貨を使用した価値の送信を可能にする自己保管ツールは送金手段ではなく、関連する規制の対象にはならないと明確に述べている。
では、なぜこのような事態に至ったのだろうか? ビットコインと暗号通貨の擁護者を自称する大統領が選出されてから8カ月、司法省自身も起訴による規制やミキシングサービスの訴追は行なわないと明言していたにもかかわらず、なぜストーム氏は有罪判決を受けたのだろう?
この状況を言い表す言葉は、純粋で抑えきれない狂気以外にはない。支離滅裂。偽善と矛盾。しかし、ここにはひとつの教訓がある。この業界のもっと多くの人々がそれを学ぶべき時が来たのではないだろうか。
政府の言葉は価値がない。何の意味もない。
彼らはプライバシーの取り締まりを強化し続け、GENIUS法案やバックドアなどを通じてKYC監視を推し進め、(いまのところは)ステーブルコインにのみ適用し続けるだろう。プライバシーを求めることを犯罪的意図の証拠とみなし続けるだろう。彼らはこれらのことをすべて実行しながら、一方ではビットコイナーへの支援や「自己保管の重要性」を口先だけで主張するだろう。
これが政府のやり方であり、政治家のやり方であり、彼らの本質に内在するものだ。
こうした人々を友人として扱うのは、もうやめなければならない。彼らを味方につけ、私たちがこの世界に望む価値観や手段を推し進める強力な同盟者になれるなどと、自分自身に嘘をつき、思い込むのはもうやめなければならない。彼らは私たちの友人ではない。私たちと共通の目的を共有する同盟者にはならないだろう。彼らは私たちの敵だ。
もう、偽善をやめる時が来た。これらの人々は敵対者として扱われ、そのように対処されなければならない。
法案に条項や付帯条項を盛り込むよう、彼らに懇願するのはやめよう。彼らを法廷に引きずり出さなければならない。彼らの尻に媚びへつらったり、彼らのエゴや世間体に媚びへつらったりするのはやめよう。彼らが二枚舌で、いかに腰抜けな人間であるかを、私たちははっきりと指摘しなければならない。
もし、アメリカ合衆国政府の法的基盤に少しでも正当性があるならば、新たな法律は必要なく、これらの人々の許可も必要ない。私たちには憲法がある。法廷で、彼らにそのことを思い出させなくてはならない。
結局のところ、このシステムがあまりに腐敗し、偽善的で、アメリカ国民(そして非アメリカ国民)の憲法上の権利を実質的に無視しているのであれば、私たちはそれを無視する必要がある。公民的不服従は、暴力に頼らずに、政府がその基盤となっている制約に対して責任を負わせるための最後の手段だ。いまこそ、それを使う時だ。
自由な人間は自由を求めるのではなく、自ら自由を手に入れる。オーウェル的な全体主義がますます迫りつつあるデジタル時代において、自由を手に入れる唯一の方法は、まさにこれなのだ。