米国政府はいま、世界経済の行方を数十年あるいは数世紀先まで左右しかねないステーブルコイン規制法の可決に、あと数カ月(もしかすると数週間)で到達しようとしている。
この極めて重要な局面において、本来ならば、私たち全員が本質的な課題にピントを合わせ注意を一点に集中させるべきだ。しかし現実には、唯一の中立的なデジタル資産(つまりビットコインだ)を守るべきもっとも聡明な人々でさえ、またしても「われわれ 対アイツら」という構図の塹壕戦に陥っている。まるで10分毎に次のブロックが生成されるかのように、毎度毎度、ある内部グループから「ビットコインとは何であるべきか」に対する強烈な倫理的主張が繰り出される。彼らは、「聖典(サトシ・ナカモトによるビットコインのホワイトペーパー)」の解釈を持ち寄り、あるいはBitcoinTalkフォーラムに残された彼の書き込みを読み漁り、そこから正しい道を見出そうとする。しかし皮肉なことに、どの派閥であれ、あるいはムーブメントの全体であれ、引用されるサトシの言葉は決まって「その時に主張したい内容」に都合よく一致する。つまり、彼の文書は、解釈する側にとって最適な行動や選択肢(あるいはその否定)を後押しするかたちで利用される。
要するに、ビットコインを見つめる者は、自らの影をそのプロトコルに投影し、それを拡張して他者への影響力を強めようとする傾向がある。それぞれの利害関係や立場に基づいてビットコインを語る。中立的な立場など実際には存在しない。どんな意見も、どんな主張も、何かしらの出発点から発せられている。多くの人が、自らの分析によるバイアスを抑えようと努力している。あるいは、そもそも無自覚なまま発言している者も多い。しかし、認識しようがしまいが、望もうが望むまいが、人間の信念とは常に「自らみてきた文脈」によって形成されている。主観的な体験から完全に客観的な意味を取り出すことなど不可能だ。つまり、誰もが自分の「本(主張)」を語っているわけだ。それは、発言するという行為における必要条件なのだ。
今日のソーシャルメディアでは、自分の「本」を語るという行為が、もはや純粋な経済的インセンティブだけでなく、アルゴリズムが支配する影響力(インフルエンス)の荒海で“コンテンツ”として生存競争を繰り広げることに変わってしまっている。いまや、最新の話題について意見をもたないこと、その意見を公に表明しないことは、「無関係な存在」として情報空間に沈んでいくことを意味する。例えば、Xでは「ブルーチェック(認証済みバッジ)」付きアカウントは、体制批判者から主流派に至るまで“当然の装備”として認識されるようになってしまった。確かに重要ではあるものの、この「デジタル戦線」は、よくある“ムチ”ではなく、“毒されたニンジン”によって侵食されてしまった。支払報酬、いいね、フォロワー数といった「報酬システム」が、信頼性の代わりに「関心を得る通貨」として機能するようになったのだ。そして、この変化は消費者によってではなく、発信者(クリエイター)自身によってもたらされた。さらに深刻なのは、多くのクリエイターが自らの創造性、すなわち発想そのものをAIチャットボットや大規模言語モデル(LLM)にアウトソースしてしまい、人間性を排除した“均質な未熟思考”がコンテンツの海を覆ってしまっているという現実だ。こうした現象は、「末期的クリエイター経済」がオリジナリティの育成に失敗し、代わりに「次なるインフルエンサー」を量産する多頭のヒドラのような構造を生み出したことを物語っている。彼らは、見えざるアルゴリズムの支配者たちの思惑に従って、ChatGPT製の“寄せ餌”コンテンツを次々と投下しているのだ。
本当に私たちを滅ぼすのは、イデオロギーでも、知性でも、心構えでも、そしてそれらの欠如でもない。目に見えないインセンティブの存在こそが最大の脅威だ。この構図は、独立系メディアや健康系インフルエンサー、反体制思想家にも当てはまるが、プログラム可能な通貨においては、はるかに明確なかたちでその危険性が表出している。
こうしたなか、今日の「ビットコイン文化戦争」は極めて危険な時期にある。なぜなら、ビットコインの本来もっていた中立的なインセンティブ構造に対する最大の脅威が、いまやプロトコル層にまで達しているからだ。両陣営による何時間にも及ぶポッドキャストを聴けば、まるでJPEG画像(NFT)やそれを遮断するフィルターこそが攻撃の正体であるかのように思えてくる。しかし、実際にいまもっとも差し迫った汚染源は、米ドル連動型ステーブルコインのブロックチェーンへの再導入なのだ。そして、これは「ビットコインが依然として、数十億人のための交換手段として機能するには不十分である」という現実に起因する問題だ。
Knots(フィルター推進派)とCore(フィルター中立派)。ビットコイン界隈で対立する両陣営は、現在このプロトコル上で静かに進行している本質的な問題に対して正面から向き合っていない。Knots派は「ビットコインの非貨幣的ユースケースはプロトコルの本質に反する」と主張しているが、Taproot Assetsを通じてUSDT(テザー:米ドルに連動した法定通貨担保型のステーブルコイン)が“ビットコイン・ネイティブ”なかたちでブロックチェーン上に戻ってくることについて、その倫理的整合性については沈黙を貫いている。一方、Core(ビットコイン・コア:公式の主流クライアント)を擁護する側は、「史上もっとも野心的かつ成功したオープンソースプロジェクト」としての正当性を主張しつつも、数十億人がビットコインの非インフレ的な通貨特性の恩恵を受けられるようにするための「選択肢の拡張」についてメンテナーたちが関心を示さないことについては、やはり口を閉ざしている。結果として、両陣営とも「黙認者」でしかなく、真に求められるUTXO(未使用トランザクション出力)ベースの保有を容易かつ効率的にする方向ではなく、株式や債券、ETF(上場投資信託)、カストディアン、トークン化されたドルといった金融商品によるスケーリング(金融化)へと向かっている。繰り返すが、フィルターやスパム、CoreかKnotsかといった対立は、目の前に迫っている本当の問題、つまりステーブルコインによるインセンティブ構造の歪みから目を逸らさせているにすぎない。
ビットコインが依然としてプログラム可能なマネーである以上、そして、このプロトコル層の議論が「ビットコインはまだ固定化(オシフィケーション)されていない」という希望を与えている以上、なぜ、私たちは本質的な問題に直接向き合わない両陣営のいずれかに忠誠を誓わなければならないのか? ビットコインには多様なクライアントオプションが必要だ。Knotsという発想自体は本質的に悪いわけではないし、OCEANプロジェクト(新興のマイニング関連プロジェクト)の関係者が提示する採掘アイデアにも有用なものは存在する。ビットコイン・コアは、これまで数兆ドル相当の価値をセキュアに保護し、金融プロトコルとしては比類のない稼働率を維持してきた。それは否定しようのない功績だ。しかし、もし私たちが注意力を欠き、自己管理(セルフカストディ)を最大限に追求せず、ドル建てトークンを現在唯一の非中央集権的ブロックチェーンであるビットコイン上に容認し続けてしまえば、最終的にビットコインはステーブルコインに敗北することになる。それは、米国財務省による世界的なポンジスキーム(負債を未来に先送りし続ける構造)を意図せず支援してしまう結果になりかねない。さらに、ドル建ての歪んだインセンティブが、ビットコインのブロック生成、ひいては「止めようのないトランザクション確定のゲーム理論」全体に組み込まれることで、システム全体が侵食されてしまうのだ。
インスクリプション(Ordinalsプロトコルを活用した画像やテキストなどのオンチェーン書き込み)は、ブラックロック社のラリー・フィンクCEOが語る「資産保管技術としてのビットコイン」というビジョンを実現しようとする企業群にとって、ブロックスペース(取引記録領域)の獲得競争を激化させる存在となっただろうか? 「ディックバット」や「お猿のJPEG」(NFT文化を象徴するミームやデジタルアート)はビットコインのテザー化(Tether-ification)、つまりドル化をより高コストにするのだろうか? ある意味ではそうかもしれない。しかし、今日のビットコイン文化戦争のどちらかの陣営が、積極的に、あるいは故意に何らかの外部勢力に取り込まれているという証拠は存在しない。そうした疑念を安易に唱えること自体が、極めて危険な行為だ。
約2年前に発表した行動喚起のなかで、私たちは「ネットワークはあらゆる人にとって実用的でなければならない。さもなければ、誰にとっても実用的ではなくなる危険がある」と記した。今日のビットコイナーに求められる唯一の責任は、自分がビットコインを使い始めたときと同じように、それが“許可不要かつ誰でも利用可能なもの”として存続するように維持することだ。この責任の一部は、Coreが担う使命と密接に関係している。つまり、絶え間なく進化するハードウェアやソフトウェア環境に対応しながら、非常に複雑かつ新しいソフトウェアであるビットコイン・プロトコルを地道に継続・安定させていくこと。そして、この責任のもう一部は、KnotsやOCEANが掲げる「金融行動の純粋性」や「マイニングの分散化」を目指すブロック構築・報酬設計の試みにも表れている。
Xの投稿やポッドキャストで話題になっている「いま話すべきこと」に盲目的に賛成したり反対したりしても、私たちは、既知の問題から解放されることもなければ、未知の脅威に備えることもできない。最終的に言えるのは、どちらか一方の道だけを進む限り、ビットコインがもつ本当の未来を最大限に実現することはできないということだ。
この文化戦争が描く「二者択一の構図」を拒絶して、自分の頭で考えてみよう。
本記事はMark Goodwinによるゲスト寄稿です。記事内に述べられた意見は、完全に筆者個人のものであり、BTC IncやBitcoin Magazineの見解を必ずしも反映するものではありません。