企業財務の世界では、インフレーションは避けられない現象として受け入れられてきた。ヘッジ(回避・対策)はできても完全に逃れることはできないというのが通説で、あらゆる財務モデル、投資仮説、資本計画は最終的にインフレを前提に構築される。しかし、「インフレの測り方」自体が問い直されることはほとんどない。
世界でもっとも一般的に使われているインフレ指標の消費者物価指数(CPI)は、一定のモノやサービス(通称「商品バスケット」)の価格変動を法定通貨建てで測定する。しかし、ここに大きな問題がある。法定通貨というのは設計上、価値が減少していくものだ。つまり、われわれは物価上昇を、時間とともに「縮んでゆくモノサシ」で測っていることになる。
この常識に挑戦しているのが、ビットコインを活用した企業向けイニシアチブ「Bitcoin For Corporations(BFC)」の幹事企業でもあるサマラ・アセット・グループ(以下、サマラ)だ。
同社は、世界初となる「ビットコイン消費者物価指数(BTCCPI)」を発表した。この新たな指標では、従来のCPIと同じ商品バスケットを使いながら、価格を法定通貨ではなくビットコイン建てで算出する。表面的には単なる単位の置き換えにみえるかもしれないが、その意味するところは極めて大きい。サマラが示唆するのは、ビットコインは単なる資産ではなく、「価値を測定するためのより優れた基準」として機能しうるということである。
溶けない「モノサシ」
従来のCPIを温度計だと考えてみよう。ただし、その水銀は気温が上がったからではなく、目盛りが壊れているから上昇し続けているのだ。
CPIが常に右肩上がりの傾向を示すのは、必ずしも商品やサービスの価値が上がっているからではない。むしろ、法定通貨の購買力がインフレ政策によって絶えず蝕まれていることが主な要因だ。
サマラが提案するBTCCPIは、この構図そのものを逆転させる。
従来と同じ「CPIバスケット(物価測定の基準となる商品群)」をビットコイン建てで表現することによって、政府に依存せず供給量があらかじめ上限(2100万枚)で定められた非主権的な通貨基準に照らして価格変動を可視化する。その結果は驚くべきものだ。長期的にみれば、価格はむしろ下落傾向にあるのだ。
BTCCPIは、ビットコインのボラティリティを無視するものではない。短期的には価格が大きく動くこともあるが、長期にわたってみれば、法定通貨よりもはるかに「購買力の保存」に優れていることが示されている。
この指標は単なる「インフレの再定義」ではない。むしろ「自分の資本が本当に価値を保っているのか、それともみえないかたちで希釈されているのか」を正当に評価するための、より誠実な視点なのだ。
企業財務にとっての意義
企業財務の担当者が重視するのは、運用(パフォーマンス)、価値の保存(プレザベーション)、予測可能性(プレディクタビリティ)の3つだ。しかし、このうち価値の保存は、法定通貨建てで測定しようとすると非常に難しい。
BTCCPIは、いわゆるビットコイン・トレジャリー企業にとって新たなツールとなりうる。すなわち、自社の財務戦略が現実世界においてどれほど実効性をもっているかを測る、新たなベンチマークを提供する。
バランスシート上にビットコインを保有する企業は、単に価格の上昇を狙った投機的な動きをしているのではない。それは、構造的にデフレ的性質をもつ貨幣制度と、自社の資本を整合させるという行動にほかならない。
このことは、株主に語るべきストーリーを大きく変える力をもっている。
自社の財務は「インフレをなんとか生き延びている」のではなく「インフレに対して明確な抵抗を示している」、そう表現できるようになるのだ。つまり、企業の価値が、地政学や政治体制に左右されない中立的で腐敗不可能なグローバル基盤(ビットコイン)に固着している、というわけだ。
こうしてみると、BTCCPIは単なるグラフやチャートではない。それは「シグナル」であり、価値が静かに失われていく世界において、自社の価値保存能力を外部に伝えるための有効なツールといえる。
サマラの動きが重要な理由
インフレについて語る企業は数多くある。しかし、実際にそれを「測定する新しい方法」を構築した企業はほとんどない。
サマラによるBTCCPIの発表は、思考実験でもマーケティングキャンペーンでもない。これは現実に運用されているデータ駆動型の指標であり、その手法は透明性が高く、理論的根拠に基づいており、誰でも自由にアクセスできるよう公開されている。
こうしたリーダーシップこそ、「Bitcoin For Corporations」という企業向けビットコイン推進ネットワークが存在意義とするものだ。
サマラは、ビットコインを基盤とする企業がどのようにして広範な企業財務の世界に貢献できるのかを示している。つまり、自社のためだけではなく、投資家や財務責任者、アナリスト、経営陣など、あらゆるステークホルダーにとって有益なインフラを構築しているのだ。
そして、この動きはさらに深い意味をもつ。すなわち、ビットコインが「守りの手段」としてだけ存在する時代はもはや終わりを迎えつつあるということだ。いま、ビットコインは新たな経済システムを構築しようとしている。新しい指標、新しい調整手段、そして新しい「真実の基準」とともに。
誠実な資本のための新たなベンチマークへ
これまで、CFO(最高財務責任者)たちは信頼に足るとされる各種のベンチマークを拠り所としてきた。例えば、CPI、LIBOR(ロンドン銀行間取引金利)、10年物国債利回り、そしてS&P500といった指標だ。しかし、いずれも法定通貨ベースの世界観に基づいたものである。
一方、ビットコインはまったく異なる枠組みを提供する。発行上限が明確に定められ、その供給スケジュールは誰でも検証可能であり、政府と中央銀行の政策や政治的都合によって操作されることのない貨幣制度だ。
サマラによるBTCCPIは、そのシステムを「台帳」ではなく「レンズ」として活用する最初の試みに近い。
この試みは私たちに問いかける。私たちはインフレを間違った方法で測ってきたのではないか? これまで資本を管理するために使ってきたシグナル(指標)は、もともと歪んでいたのではないか?
そして、もうひとつの問い。インフレだけに限らず、誠実な資本運用のためには、より優れたベンチマークが存在するのではないか?
サマラのおかげで、いま私たちはその答えの「はじまり」に触れることができる。