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プライバシーなきビットコインは監視システムである

ユヴァル・コグマンはオープンソース開発者であり、WabiSabiコインジョインプロトコルの設計にかかわった人物。現在はSpiralに所属し、ビットコインのプライバシー強化に取り組んでいる。

開発者:ユヴァル・コグマン(別名:nothingmuch)
使用言語:Rust(ラスト)、C#、Go、Python
プロジェクト:rust-payjoin、WabiSabi/Wasabi 2.0、一般的なプライバシー関連研究
勤務先:Spiral(現在)、zkSNACKs(過去)

ユヴァル・コグマン(Yuval Kogman)は、ビットコインがこの世に誕生する以前から、暗号技術やその関連分野に強い関心を抱いていた。生涯にわたってソフトウェア開発に従事してきた技術愛好家であり、いわゆる「汎用型オタク」でもある彼は、2002年頃から暗号技術に興味をもち始めた。

きっかけとなったのは、父親が出席した講演だった。登壇者はRSA暗号の共同発明者で知られる著名な暗号学者アディ・シャミア氏。講演テーマは「電子キャッシュ」だった。父と息子の会話のなかで、ユヴァルは「リンク可能なリング署名」や「二重支払い」の問題、そして電子キャッシュという概念について初めて知ることになる。ビットコインという名が存在するよりも前に、彼の“ラビットホール(奥深い領域)”への旅はすでに始まっていた。2000年代初頭、彼は自身のメールサーバー上で「Hashcash(ハッシュキャッシュ)」を稼働させていた。

そんなユヴァルも、当時の多くのビットコイナーと同様に、2010年に技術系掲示板「Slashdot(スラッシュドット)」で初めてビットコインに関する記事を目にした際は、「バカげていて実現性がない」として一蹴した。それから3年後の2013年、ビットコインは依然として稼働を続け、約10分ごとにブロックを生成しているという事実に気づく。しかし、当時もなお、彼はビットコインに積極的にかかわることはなかった。

転機が訪れたのは2015年。知人のひとりがビットコインを売ってくれるという申し出をした際、ユヴァルはそれを受け入れ、ついに自らビットコインを保有するようになった。この体験こそが、彼が本格的に“ラビットホール”の奥深くへと飛び込む最終的なひと押しとなった。

ノイズをふるいにかける

ビットコインの分野に足を踏み入れた当初、ユヴァルはプライバシーコイン(匿名性に特化した暗号通貨)の研究に深く没頭していた。

なぜ、「プライバシー」というテーマにそこまで強くこだわるのか? その問いに対して、ユヴァルは「自分の軽率な衝動買いや質の悪いウォレットソフトの選択が、すべてブロックチェーン上に記録されて、誰でも見られる状態になっていると気づいたときの衝撃ですね。もし、将来ビットコインが違法化されたら、自分の行動記録がそのまま“的”になるかもしれないと思った」と答えた。

当時さまざまな手法や技術革新が模索されていたプライバシーコイン業界では、多くの前進があったものの、決定的な解決策としてユヴァルを納得させるには至らなかった。

「結局、自分はビットコインだけを本当に信じていると気づいたものの、『自分なんかが理解できるわけがない』というインポスター症候群(自己否定感)から、あらゆる新しい技術を学ぼうと必死になっていた時期があった。だけど、その頃には新しい概念が次々と生まれてくるスピードが、自分の理解のペースを完全に凌駕していた。やめるのに時間がかかりました」と、彼は当時を振り返る。

しばらくの間はReddit(レディット)やBitcoin Twitterを静かに観察する傍観者だったユヴァルは、積極的に発信はしないまま、情報を吸収して自らの理解を深めていった。そんな彼が初めて積極的に参加したコミュニティは、「Dragon’s Den(ドラゴンズ・デン)」と呼ばれるオープンなボイスチャットサーバーだった。きっかけは、ビットコイン系ポッドキャストの「Block Digest(ブロック・ダイジェスト)」でこのチャットサーバーの存在を知ったことだった(補足:本稿の筆者は、このチャットサーバーの運営者であり、同ポッドキャストの共同ホストでもある)。

WabiSabiとWasabi Wallet 2.0の舞台裏

ユヴァルは、Wasabi Wallet 2.0に実装されたWabiSabiプロトコルの設計者のひとりである。WabiSabiは、すべての出力額を同一に揃える必要があった従来のCoinJoin(コインジョイン)とは異なり、柔軟な金額設定が可能なコインジョインを実現するために設計されたプロトコルだ。彼はこのプロトコルについて、「単に機密トランザクションの要素と匿名認証を組み合わせたものに過ぎない」と率直に述べており、これはすでにジョナス・ニック(Jonas Nick)氏によって電子キャッシュの実装向けにプロトタイプが存在していたことも指摘している。

重要な点として、WabiSabiはブラインド署名(blind signature)を置き換えるための仕組みであり、ユーザーがコーディネイターとやりとりしてコインジョイン・トランザクションを構築するための手段に過ぎない。それ自体は、ブロックチェーン上に記録されるコインジョインの構造や外観を直接決定づけるものではない。しかし、WabiSabiは任意の金額でコインジョインを構築できるようにするという目的に沿って設計されており、その構造を実現する際に、ユーザーの匿名性を損なわないようコーディネイターに情報が漏れない設計がなされている。

一方で、Wasabi Wallet 2.0ではWabiSabiプロトコル自体は実装されたものの、zkSNACKs社のチームは、ユヴァルが提案した任意額のコインジョイン構造に関する研究成果をほとんど無視した。彼は、ユーザーのプライバシーが結果的に破綻しないよう、コインジョインのトランザクション構造を慎重に設計しようとしていたにもかかわらずだ。

「問題が生じたのは、“千の傷による死”のようなかたちだった。特に致命的だったのは、nopara73とmolnardがWasabi 1.0で犯された過ちを回避するための知識を学ぼうとしなかったことだ」

さらに、彼はこう続ける。「コイン選択のアルゴリズムから、出力額の決定タイミング、コインジョイン実行のタイミング、Torの使い方に至るまで、どこもかしこも“なんとなく”の感覚で実装されていた。数理的な裏付けがまったくなかったんだ。DoS(サービス拒否)耐性のためのゲーム理論的な前提ですら、厳密な意味ではまったく成立していない」

zkSNACKsで目にした杜撰さの具体例としては、彼は「皮肉な“マメ知識”をひとつ。zkSNACKsは『ログはいっさい取っていない』と何年も主張していたけれど、実際にはコーディネイターと同一ホストで主にデフォルト設定のnginxを使ってWebサイトを提供していたせいで、実はログが残っていた」と語った。

最終的にユヴァルはzkSNACKsの「手抜き主義」に強く反発、その開発姿勢に加担することを望まず退社する決断を下した。

Wasabi Walletに対する現在の彼の評価は、特に複数の独立したコーディネイターがWasabi 2.0を運用しているという状況を踏まえて、「プロトコルや実装上の欠陥を悪用してユーザーの匿名性を破るようなことをしないと信頼できる相手でなければ、そのコーディネイターは使うべきではない」とはっきりと語っている。

ビットコイン・プライバシーの現状

「プライバシーは人権である。しかしビットコインにおいては、多かれ少なかれ、長期的には誰にとっても個人の安全にかかわる問題でもある」

以上は、ユヴァルが語るビットコインとプライバシーに対する基本的なスタンスだ。現在のビットコインのプライバシー状況について、彼の見解は決して楽観的なものではない。とりわけ彼が問題視しているのは、カストディアル型取引所(ユーザーの資産を管理する取引所)による、プライバシーツール利用者への過剰な対応だ。多くの取引所は、Wasabi Walletやコインジョインといった匿名性を高めるツールの使用痕跡のあるビットコインを受け入れることを拒否する傾向にあるが、ユヴァルはこの姿勢に対して明確な反論をもっている。プライバシーツールを使うことと、必要な時に必要な相手に情報を開示することはまったく別の話ということだ。

「信頼できる取引所や、その延長線上にある規制当局に情報を共有することと、全世界にそれを晒すことには大きな違いがある」と、彼は語る。

彼が懸念しているもうひとつの問題は、ユーザーの無関心である。多くのユーザーは、そもそもプライバシーについて考えもしないし、考えたとしても気にかけていない。ビットコインユーザーの間でプライバシーツールを使っている人は、現実的にはごくわずかしかいない。一部のソーシャルサークルでは、プライバシーを重視すること自体に対するスティグマ(負の烙印)すら存在する。「無関心はこのスティグマ化をさらに悪化させ、プライバシーの欠如を当たり前のこととして正常化してしまう。取引所は、プライバシー技術を使用している顧客へのサービスを拒否したとしても、ほとんど顧客を失わずにすんでしまう」と、彼は嘆く。

また、現在出回っているプライバシーツールの多くにも不満を感じているという。

「“プライバシーウォレット”と名乗る連中のなかには、実態のない“うまい話”を売りつけるだけの利権屋がいる。ゼロサム思考に囚われた彼らは、学術論文や専門書に目を通すことすらせず、X上で誹謗中傷合戦に明け暮れている。こうした有害な言説がユーザーの関心を遠ざけ、結果として無関心とスティグマ化をより深刻にしている」

こうした問題の根底には技術的な課題ではなく、社会的・文化的な課題がある、とユヴァルは強調する。人々がどう行動するか、企業がどう対応するか、他者の行動にどう反応するか。それがカギであり、解決の道筋もまた社会の側にある。

「プライバシー技術に対するユーザーの十分な需要がなければ、またその使用が当然のこととされなければ、ビットコインはとてつもない監視ツールになりえる」

Spiralでの取り組み

2023年9月、ユヴァルはSpiral社(Block社が支援するオープンソース開発ファンド)にフルタイムで採用され、ビットコインのプライバシーに関する研究と開発に専念することとなった。彼が現在注力しているのは、コインジョインにおける分散化の実現である。というのも、コインジョイン実装における現状の問題の多くは、中央集権的なコーディネイターサーバーへの依存に起因しているからだ。

Spiralでの主な仕事は、コインジョインのコーディネイションを分散型で実現すること、およびマルチパーティ(複数参加者)のトランザクション構造をプライバシーの観点から分析・最適化する手法の開発だ。

「長期的な目標は、自分のなかで培ってきたコインジョインに関するアイデアを実現すること。プライバシーの実現には限界費用がほぼゼロであるべきであり、もし高い手数料がかかってしまうと、その使用を妨げることになる。また、プライバシーは、詐欺師たちが無知なユーザーを騙して手っ取り早く金儲けをするために売りつける“商品”であってはならない。そして最後に、プライバシーは特に『インターセクション攻撃』(複数のミキシング済みコインが同じトランザクション内で不適切に一緒に使用されることを利用して、その履歴を特定・匿名解除しようとする攻撃)に対して、強靭で堅牢な設計をもつべきだ」

現在ユヴァルは、ダン・グールド(Dan Gould)氏がメンテナンスを行なうrust-payjoinライブラリに寄与しており、最終的には分散型コインジョインプロトコルの確立を目指している。

「現在、Payjoinは二者間の共同トランザクション構築プロトコルとして規定されている。でも、これは自分の挑戦する目標のうちの第一段階にすぎない。これを複数者間に一般化することで、第三の目標を適切に達成する機会が生まれ、堅牢な匿名性保護が理論上はあらゆるウォレットで実現可能になる」

コベナンツとビットコインの未来

ユヴァルは、Covenants(コベナンツ)の導入がビットコインプロトコルにとって有益な改善となると考えている。しかし、現在のコベナンツ提案の多くはその長期的な影響力を過大評価されている面があると指摘する。

「現在支持されているCTV(CheckTemplateVerify)とCSFS(CheckSigFromStack)は、確かに大きな前進にみえる。ただし、仮にCTVがTXHASHとして汎用化されたとしても、グローバルな採用に向けた長期的なスケーリング課題の解決策としては不十分だと思っている」

彼が高く評価しているのは、ラスティ・ラッセル(Rusty Russell)氏が「Great Script Restoration」の中で提案したVarops(可変操作制限)という概念だ。これは、複雑なコベナンツやその他のスクリプト操作が、ユーザーのブロック検証コストを過度に押し上げるのを防ぐための一般的な制限手法である。

彼は、コベナンツに関する議論のあり方にも苦言を呈している。

「残念ながら、コベナンツに関する議論の多くは部族主義的で生産性に乏しい。あらゆる議論が、まるで『自分のお気に入りのオペコードこそが唯一の解決策』であるかのような態度で進められ、『これが最強のハンマーだ!』と主張するばかり。よく見れば、全部が“クギ”に見えるという前提でね。しかも、自分の意見に賛同しない相手をバカ扱いし、時には不誠実だと決めつけてしまう。そうした風潮が蔓延していて本当に悲しいよ」

ユヴァルの見解では、現在のコベナンツ議論は提案単体ばかりに過剰な関心が集中しすぎている。本来であれば「どのようなユースケースを実現したいのか」あるいは「逆にどのような使われ方は避けたいのか」をまず明確にし、それに基づいて適切な技術提案を設計するべきだと、彼は考えている。

プライバシーは「使うか、失うか」

一般のビットコインユーザーが自分自身のプライバシーを守るために、あるいはプライバシー全体を支えるために、何ができるのか? この問いに対して、ユヴァルは率直にこう答えた。

「魔法のような解決策は存在しないという現実を、まず受け入れること。私たちが使っているビットコインは、トランザクショングラフ(取引の流れが誰にでも見える構造)という宿命を抱えている。だからこそ、いまある選択肢をコストと安全性の両面から批判的に評価して、使えるものは使うべきだ」

最終的に、プライバシーとは誰かが守ってくれるものではない。それは、一人ひとりが具体的に行動することでしか守れない。では、具体的に何をすべきか? 現状で一定のプライバシー保護が期待できる選択肢としては、ライトニングネットワークがある。また、注意点はあるものの、JoinMarketやWasabi Walletといったツールもまだ活用可能だ。できる範囲でよい。ツールを調べて、使えるものは使い、誰からプライバシーを守りたいのか、そして、そのためにどれほどの労力が必要なのかを自分で考えることが大切だ。

「たとえプライバシーが“いま”は必要ないと思っていても、“明日”必要になったときに何を使えるかくらいは把握しておいたほうがいい。不意打ちを受けないためにね。それに、いま本当にプライバシーを必要としている人たちは、それを使わずに済む立場の人々がツールを使ってくれない限り、それを享受することができない。だからこそ、明日その選択肢をもっていたいのなら、今日それを使うべきなんだ。使わなければ、失ってしまうんだ」

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  • Shinobi(シノビ)は、ビットコイン分野における匿名の独学教育者である。彼は、ニュースや技術に焦点を当てたビットコインのポッドキャスト「Block Digest(ブロック・ダイジェスト)」の共同ホストを務めたほか、ピーター・マコーマックと共に、非技術系ユーザーに技術的な概念をわかりやすく解説する「What Bitcoin Did Tech Show」にも出演していた。彼が自分について語るのは、これだけである。

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Shinobi(シノビ)は、ビットコイン分野における匿名の独学教育者である。彼は、ニュースや技術に焦点を当てたビットコインのポッドキャスト「Block Digest(ブロック・ダイジェスト)」の共同ホストを務めたほか、ピーター・マコーマックと共に、非技術系ユーザーに技術的な概念をわかりやすく解説する「What Bitcoin Did Tech Show」にも出演していた。彼が自分について語るのは、これだけである。
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