Home記事「デジタル・ゴールド」という物語はビットコインの過小評価だ

「デジタル・ゴールド」という物語はビットコインの過小評価だ

ビットコインを「デジタル・ゴールド」に喩えるのは、世界でもっとも革命的な貨幣形態を単なる「価値の保存手段」へと矮小化するにすぎない。

人間は新しい物事を理解する際に、類推することを好む。そのため、ビットコインを語る際にも何らかのアナロジーを探すのはごく自然なことだ。

ビットコインという概念は、多くの人にとって初めて触れる新奇なものであり、完全に理解するには相応の努力を要する。そうしたなか、「デジタル・ゴールド」という表現は非常に受け入れやすく、仮にネットワークの仕組みを詳しく知らなかったとしても、「ビットコインは希少であり、国境を越えて存在し、価値の保存手段である」という特性を感覚的に理解することができる。

この「デジタル・ゴールド」という物語は、機関投資家や国家による採用を促すうえで一定の成功を収めてきた。ドナルド・トランプ大統領による「戦略的ビットコイン準備金(Strategic Bitcoin Reserve)」設立の大統領令の第一節には、次のように記されている。「その希少性と安全性ゆえに、ビットコインは『デジタル・ゴールド』と呼ばれることが多い」。

私たちは、この点についてはビットコインにとっての偉大な成果として称賛すべきだろう。「デジタル・ゴールド」という物語によってビットコインの導入が大きく前進したことは、けっして過小評価されるべきではない。しかし、ビットコインが本来の潜在能力を最大限に発揮するためには、この物語をアップデートする必要がある。

つまり、ビットコインは「デジタル・ゴールド」ではない。

ビットコインを「デジタル・ゴールド」と呼ぶことは、世界でもっとも革命的な貨幣形態を単なる価値の保存手段に貶める誤った表現である。ビットコインの基本的な特性は、金(ゴールド)のもつ特長の多くを時代遅れのものにしてしまうほど強力であり、さらに法定通貨に対しては、より迅速で、安全性が高く、分散性のある代替手段として機能する。

ここからは、ビットコインと金との本質的な違いについて掘り下げていく。

希少性 vs 有限性

金(ゴールド)が数千年にわたり価値の保存手段として存続してきた最大の理由は、その希少性にある。

過去100年間、金の供給量は年間1〜2%程度しか増加していないと推定されている。これは、新たな金を採掘する経済的インセンティブがほとんど存在しないためだ。金を新たに発見することは非常に困難であるうえに、採掘に必要な人件費、設備投資、環境規制への対応コストが重くのしかかり、資金を投じてまで供給を拡大する正当性を見出すのは難しい。

こうした理由から、金は歴史を通じて価値を維持してきた。貨幣としての金の歴史は紀元前3000年まで遡る。紀元後1世紀の古代ローマにおいては、上質なトーガ(古代服)を購入するのに必要だった金の量が、現代における高級オーダースーツと同程度であったともいわれている!

金の希少性、そして、それが人類社会に与えてきた影響はけっして過小評価されるべきではない。しかし、いまやビットコイン時代にあって、供給量が変動する資産を基準に経済的価値を測ることは恣意的であるといわざるを得ない。

ビットコインは「希少」であるというより「有限」だ。発行上限は2100万枚と明確に定められており、それ以上の供給はない。「ゴールドラッシュ」が起こることもなく、技術が進歩したからといって、小惑星からビットコインが発見されることもありえない。

技術的・数学的進歩によって、いま私たちは、供給量が固定されたビットコインというキャッシュを売買・交換できる能力を手にしている。この進展は、単なる「デジタル・ゴールド」という言葉では語り尽くせないほど重要な意味をもっている。

ミクロ単位の分割性

金は技術的に「分割可能」であるという点については、確かにその通りだ。ただし、手鋸やレーザー、精密な計量器が手元にある場合に限る。しかし、「ミクロ単位で分割できる」という表現は、金には当てはまらない。

金がもっとも有効に機能するのは、高額な財やサービスなどの大口取引においてだ。しかし、取引金額が小さくなるにつれて、実用面での問題が次々に浮上してくる。

以下に掲載したのは、1グラムの金の画像だ(執筆時点では約108ドル相当)。この1グラムの金を片手にSubwayのサンドイッチを購入し、その対価として金の角を少し削り取って渡す世界を想像してほしい。

……そんなこと、現実には起こりえない。

古代社会は金のこうした限界を理解しており、その対策として、一定量の金属を含む硬貨を発行するという手段に出た。

起源を特定するのは困難だが、最初の金貨は紀元前600年の古代リディア王国(現在のトルコ西部)で発行されたスターテル貨だった可能性がある。当初、この硬貨は金と銀の合金であるエレクトラムで鋳造され、約55%の金を含んでいた。

その後、紀元前546年にリディア王国はペルシャ帝国に征服され、スターテル貨もそのまま引き継がれた。初期のペルシャ・クロイセイド貨は高い金含有率を維持していたが、次第に銅などの卑金属が混ぜられ、貨幣の希薄化(通貨の劣化)が進んだ。紀元前5世紀末には、スターテル貨の金含有率は30〜40%まで下がっていた。

金が「ミクロ単位で分割できない」資産であるという事実は、極めて致命的な欠点であり、人類社会が金を日常決済手段として長期的に使い続けられなかった根本理由でもある。市民が少額取引を必要とした際に金を政府に預け、その見返りとして1対1で硬貨を受け取る制度が生まれたが、この制度は時間の経過とともに支配階級による通貨の希薄化を招き、最終的には経済システムの崩壊へとつながった。

金本位制度を採用した国がやがて通貨を希薄化させて、硬貨や紙幣によって小口単位を導入しようとしなかった例は、歴史上ひとつも存在しない。これは、安価な商品を購入するために人々が少額単位を求めるという、根本的な経済的必要性に起因している。

こうした金の致命的な欠陥を、ビットコインは根本的に解決している。ビットコインには最小単位として「satoshi(サトシ)」が存在し、1 BTCの1億分の1にあたる。現在の相場では1 satoshiは約0.001ドルに相当し、これは米ドルよりもはるかに細かい単位だ。

ビットコインの取引においては、政府を介在させる必要性はいっさい存在しない。なぜなら、より小さな単位での価値表現が最初からシステムに組み込まれており、新たな単位の追加的な導入や代理となる制度が不要だからだ。この理由(ほかにも多くの理由はあるが)により、ビットコインはいかなる仲介者も必要とせず、完全に「お金」として機能する。

ビットコインの分割性と価値単位を考慮に入れれば、あらゆる意味においてビットコインを金と比較すること自体がもはや滑稽である。

監査可能性

本稿の掲載時点では、「フォートノックス監査」がまだ実施されていないと考えるのは、おそらく妥当だろう。かつてこの話題は大きなニュースとして取り上げられたが、その後は瞬く間に忘れ去られ、話題にも上らなくなった。

米国政府の金保有量が最後に監査されたのは1974年のことだ。長年にわたる陰謀論や世間の憶測を受けて、当時のジェラルド・フォード大統領は報道陣に対するフォートノックス内部の公開を許可した。結果としては、目立った金の欠損は確認されず、特筆すべき発見はなかった。

あれから51年。現在、フォートノックスに保管されている金への関心は再び高まりつつある。

わずか数カ月前までは、「フォートノックス監査」がすぐにでも行なわれるかのような雰囲気があった。実際、イーロン・マスクはその様子をライブ配信すると発言していた! しかし、いまとなっては、まるで「触れてはならない大問題」のようになりつつある。

金の監査が極めて稀であり、かつ手作業によって行なわれるのに対して、ビットコインの検証はプルーフ・オブ・ワーク(PoW)と呼ばれるコンセンサス・メカニズム(合意形成機構)によって自動的に実行される。

PoWでは、約10分ごとにマイナーによって新しいブロックがブロックチェーンに追加される。この過程で、各トランザクションの正当性、ビットコインの総供給量、ネットワーク上のコンセンサス・ルール(規約)への準拠が確認される仕組みとなっている。

従来型の監査は、信頼できる第三者の仲介機関に依存しているのに対し、ビットコインの分散型プロセスは「信頼不要(トラストレス)」かつ「透明性の高い」仕組みだ。これにより、誰もが独自にリアルタイムでブロックチェーンの整合性を検証することが可能となっている。

「信じるな、検証せよ(Don’t trust, verify.)」

携帯性

ビットコインのほうが金よりも「持ち運びやすい」という主張については、特に多くの説明を要しない。単純に言えば、大量の金は非常に重く、国境を越えて移動させるには専用の船舶や航空機が必要になる。一方、ビットコインはウォレットに保管されており、その中にいくら入っていようと物理的な重量は変わらない。

しかし、この点には看過できないもっと重要な違いがある。つまり、ビットコインは物理的に「移動」する必要すらないのだ。

よくある批判として、「ビットコインは現実に存在しない」「手に持つことができない」といった意見がある。しかし、筆者は、それこそがむしろ金の最大の欠点であると考える。なぜなら、大きな金額を金で受け取るには、その重く高価な物質を野原、海、あるいはジャングルを越えて輸送するための多大なコストを負担しなければならないからだ。

さらに重要なのは、こうした輸送には第三者に対する高いレベルの信頼が必要になるという点だ。金を国境を越えて取引する際、あなたは以下のような第三者に自分の資産を託すことになる。

  1. 取引を仲介した第三者
  2. 金を輸出ステーションまで運ぶ配送クルー
  3. 飛行機または船で輸送を行なう輸送チーム
  4. 到着地からあなたのもとへ金を届ける配送クルー
  5. 金を保管・警備する責任者

一方で、ビットコインは移動や仲介者を必要とせずに取引を行なうことができる。すでに述べた通り、ビットコインのブロックチェーンにおけるコンセンサス・プロトコル(合意形成アルゴリズム)によって、第三者を介在させることなく国境を越えた送金が実現できる。

この仕組みによって、国境を越えた移動に伴うコストや関与する複数の仲介者に対する費用が排除されるだけでなく、すべての取引が公開かつオンチェーンで記録されており、ユーザー自身が確認・検証できるため、不正行為の可能性も排除される。

人類史上初めて、私たちは「電子的な現金」を手にしている。「Bitcoin Magazine」のコナー・マルカヒは「電子的現金」を次のように定義している。「電子的現金とは、完全にデジタルなかたちで存在し、ピア・ツー・ピア(P2P)の取引を電子的に可能にする広義の貨幣である。従来の電子マネー(e-money)は銀行や決済処理業者などの仲介者を必要とするが、電子的現金は、匿名性やユーザー間の直接的な取引といった、物理的な現金の特性を模倣するよう設計されている」。

仲介者なしに、しかも相手と同じ場所にいなくても、P2Pの取引が成立するというアイデアは、ビットコインが誕生するまでは理論上の話にすぎなかった。「触れないから実在しない」として、この人類の能力向上を否定する者たちは、ますますデジタル化が進む世界において、自らが敗北しつつある現実にいずれ気づくことになるだろう。

あらゆる「ビットコイン採用」が平等とは限らない

もし、私たちの唯一の目的がビットコインの価格を「月まで押し上げる」ことであるならば、「デジタル・ゴールド」というラベルだけで十分だろう。確かに、政府、国家、企業、個人は引き続き参入を急速に進め、その数も増え続けるだろう。

しかし……。

もし、ビットコインが私たちが信じる通り、真に「自由をもたらす変革的テクノロジー」であるならば、世界に対してどのようにビットコインを伝え、教育してゆくかを根本的に見直さなければならない。このチャンスをとらえるためには、「プレ・コイナー(まだビットコインを持っていない人々)」に対して、ビットコインの新規性を理解してもらうことを優先し、過度に単純化されたアナロジーの使用は避けるべきだ。このようなアプローチこそが、ビットコインを「グローバルな金融的自由の礎」として確立する道である。


本記事はIsaiah Austinよるゲスト寄稿です。記事内に述べられた意見は、完全に筆者個人のものであり、BTC IncやBitcoin Magazineの見解を必ずしも反映するものではありません。

Author

RELATED ARTICLES
Bitcoin Bitcoin BTC/JPY
¥0
24hr %:
0.0%
24hr High:
¥0
24hr Low:
¥0
Error loading data. Check console for details.
VIEW 150+ BITCOIN CHARTS

LATEST NEWS

custom ad 1