Homeコラム量子コンピュータからビットコインを守るには? 少なくとも冗談では守れない

量子コンピュータからビットコインを守るには? 少なくとも冗談では守れない

量子コンピュータが暗号鍵を解読できるかをめぐる「Project Eleven」の最近の懸賞は、残念ながら冗談に過ぎない。賞金わずか1 BTCでは、真っ当なインセンティブにはなりえない。

最近、量子コンピュータの研究グループ「Project Eleven」は、1BTCの報酬を懸けたチャレンジを発表した。量子アルゴリズム「ショアのアルゴリズム(Shor’s algorithm)」を用いて、楕円曲線暗号(Elliptic Curve Cryptography:ECC)の鍵の解読に成功した最初のチームに懸賞金が与えられるというものだ。

チャレンジには期限があり、2026年4月5日までに鍵の解読を実証しなければならない。つまり、鍵ペア(秘密鍵と公開鍵の組み合わせ)を実際に破ることを期限内に示さなければ、報酬は得られない。

しかし、この試みに関して、筆者は「完全にバカげており、意味をなさない懸賞企画」と断じている。理由はいくつかあるが、第一に挙げられるのは、デッドラインが発表から1年未満である点だ。たとえ楽観的にみても、量子コンピュータの実用化がこのチャレンジを達成できるレベルに到達するには5〜10年はかかるとされている。ビットコインにとって量子コンピュータを近い将来の実質的な脅威とみなしたとしても、わずか1年で鍵ペアを実際に破るほど動作可能なプロトタイプが出現すると期待するなんて、正直言って笑ってしまうほど非現実的だ。

次に挙げられる問題は、経済的インセンティブの欠如である。現在、1 BTCの価格はおおよそ8万4000ドルで推移している。だが、これは世界全体の経済的スケールからみれば決して大きな金額とはいえない。特に量子コンピュータのような最先端技術を用いた場合、その潜在的価値はケタ違いだ。量子コンピュータは、従来のコンピュータに比べ特定の計算クラスにおいて指数関数的に速く処理できるとされており、もし実用的な量子コンピュータが完成したとすれば、遥かに高い価値をもつ用途が無数に存在するはずである。

例えば、インターネット上の通信を守るTLS(Transport Layer Security)を無効化し、銀行や証券会社、民間企業の内部ネットワークに不正アクセスすることが可能となる。ポスト量子暗号(量子コンピュータでも破りにくいとされる新暗号方式)を導入していない限り、あらゆる接続が脆弱になる。さらに、世界中のプライベートメッセンジャーアプリの通信も傍受可能となり、PGP(Pretty Good Privacy)で暗号化された電子メールも、公開鍵さえわかっていれば容易に解読できてしまう。DNSの認証構造(証明書認証局:CA)も崩壊し、任意のウェブサーバになりすますことすら可能になる。

このように、量子コンピュータが可能にする攻撃は、わずか8万4000ドル程度では到底測れないほどの経済的・戦略的価値をもっている。なぜ、誰かが量子コンピュータの存在をわざわざ公表し、たった1 BTCを得るためにその能力を証明する必要があるのだろう?

仮に、世界中のあらゆるシステムが一夜にしてポスト量子暗号へと移行し、量子コンピュータによる攻撃がビットコインだけにしか通用しなくなったとしよう。それでもなお、量子コンピュータの存在をわざわざ公開して賞金を得ようとする合理性は見当たらない。

仮に、性能はギリギリだがなんとか動作する量子コンピュータを所有しており、ひとつの暗号鍵を解読するのにある程度の時間を要するとしよう。では、ビットコインの最初期(マイニング第一期)において、50 BTCの産出を守っている「生の公開鍵(アドレス化されていない未圧縮の公開鍵)」はいくつ存在しているだろうか? 答えは「数千個」である。そんな状況で、なぜ、わざわざそのうちのひとつを解読し、全世界に向けて公表し、1 BTCだけをもらおうとするのだろうか? 常識的に考えれば、他人に気づかれる前にできるだけ多くの初期マイニング報酬を黙って回収しようとするはずだ。

最後にもうひとつ、タイムテーブル自体がそもそも非現実的だ。現在の量子コンピュータは、人間が暗算できるような小さな素因数でさえも分解できないレベルにとどまっている。そこからわずか1年で、ビットコインの秘密鍵を解読できるほどの技術進歩が起きるとでもいうのだろうか? それはあまりにも荒唐無稽だ。

結局、この懸賞金にはどんな意味があるというのだろうか? 単なるプロモーション目的の宣伝に過ぎないのではないか? 量子コンピュータの脅威が現実的と考えるか否かにかかわらず、「炭鉱のカナリア」として警鐘の役割を期待するには、あまりにもバカげており、真っ当な懸賞とは呼べない代物である。

つまり、この懸賞は冗談に過ぎない。


本記事は、寄稿者によるコラム「Take」です。記事内に述べられた意見は、完全に筆者個人のものであり、BTC IncやBitcoin Magazineの見解を必ずしも反映するものではありません。

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  • Shinobi(シノビ)は、ビットコイン分野における匿名の独学教育者である。彼は、ニュースや技術に焦点を当てたビットコインのポッドキャスト「Block Digest(ブロック・ダイジェスト)」の共同ホストを務めたほか、ピーター・マコーマックと共に、非技術系ユーザーに技術的な概念をわかりやすく解説する「What Bitcoin Did Tech Show」にも出演していた。彼が自分について語るのは、これだけである。

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Shinobi(シノビ)は、ビットコイン分野における匿名の独学教育者である。彼は、ニュースや技術に焦点を当てたビットコインのポッドキャスト「Block Digest(ブロック・ダイジェスト)」の共同ホストを務めたほか、ピーター・マコーマックと共に、非技術系ユーザーに技術的な概念をわかりやすく解説する「What Bitcoin Did Tech Show」にも出演していた。彼が自分について語るのは、これだけである。
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