ビットコインは弱気相場にある。このこと自体については異論の余地はない。
しかし、6月3日(米国時間)にCharles Schwab社のデジタル通貨調査・戦略担当ディレクターであるジム・フェライオリ氏がブルームバーグで主張した内容は、より具体的で構造的なものだった。それは、今回の売り相場には測定可能なコストベースの下限価格が存在しており、その下限は市場心理やチャートパターンから生まれるものではなく、エネルギー消費という物理的現実によって形成されているという分析だ。
数字を見ると、今回の下落の位置付けが理解できる。ビットコインは昨年秋に12万6000ドルでピークを付けた後、2月には約6万ドルまで急落した。これは50%もの下落に相当する。最近ビットコインを購入した投資家にとっては厳しい下落だったものの、過去のビットコイン弱気相場で見られた75%以上の暴落と比較すると、その規模はかなり小さい。
フェライオリ氏の分析の中核となるのは、次の問いだ。「ビットコインの生産には、いくらコストがかかるのか?」。このひとつの問いに集約される。その答えが、複数のサイクルを通じて機能してきた自然な価格の下限を形成しているという。
フェライオリ氏によれば、もっとも効率的なマイナー、つまり大規模に事業を展開し、次世代ASICマイニング機器を活用し、さらに、もっとも安価な卸売電力にアクセスできるマイニング事業者の場合、ビットコイン1枚を生産するコストは約6万ドルだという。
この数字は恣意的なものではない。これは、入手可能な最先端の半導体マイニング設備を使用して、1キロワット時当たり約0.07ドルの電力コストで施設を運営した場合の総コストを表している。
一方で、効率の低いマイナーは状況が異なる。旧式のASIC機器を使用し、電力コストが高く、利益率も低いマイナーの生産コストは、1 BTC当たり約9万5000ドルに達するとされている。これは、Glassnodeのデータを引用した、Charles Schwabの2026年5月の調査レポートによる数字だ。この6万ドルから9万5000ドルの価格帯が、現在のビットコインの適正価格帯を規定しているという。
ビットコインのエネルギーフロア「なぜ、6万ドルが底値となる可能性があるのか?」
フェライオリ氏は、深刻な弱気相場においては、もっとも効率的なマイナーの生産コストが歴史的に底値として機能してきたと主張している。2月に記録した約6万ドルの安値は、その水準とほぼ完全に一致しており、ビットコインの200週移動平均線とも重なっている。
現在のビットコインの売り圧力は無作為に発生しているわけではない。それは特定の投資家層によるものだ。強制清算を引き起こしている投資家たちは、主に過去18カ月以内にビットコインを購入した人々、つまり8万ドル未満の水準から12万6000ドルまでの価格上昇を経験したものの、その後価格が急落し、含み益をほぼ完全に失うこととなった人々だ。
Charles Schwabは、この売り圧力を定量化するためにふたつの取得原価指標を追跡している。ひとつは、米国の現物ビットコインETF(上場投資信託)およびETP(上場取引型金融商品)保有者の平均取得価格であり、これは約8万3000ドルとなっている。もうひとつは、マイナーへの報酬として発行されたコインを除いたアクティブ投資家の取得原価であり、こちらは約7万8000ドルとなっている。
どちらの数値も現在の市場価格を大きく上回っている。そのため、最近市場に参入した投資家の大多数は含み損を抱えている状況にあり、8万3000ドルという水準はサポートラインではなく、売り圧力が集中する「上値抵抗帯」として機能している。
どちらの数字も現在の市場価格を大きく上回っている。そのため、最近市場へ参入した投資家の大半は含み損を抱えており、8万3,000ドルという水準はサポートラインではなく、売り圧力が集中する「上値抵抗帯」として機能している。
Glassnodeのオンチェーンデータも、この動きを裏付けている。ビットコインの直近の上昇局面は、ETF保有者全体の平均取得価格である約8万3000ドル付近で失速した。同時に、実現損失総額は一日当たり13億5000万ドルまで急増し、長期保有者までもがサイクルの高値圏で投げ売りを行なった。また、ヘッジファンドは現物ETP保有残高の約30%を占めているが、その多くは市場中立的な戦略を採用している。つまり、方向性に賭ける投資ではなく、現物と先物の価格差を利用するベーシス取引を行なっているため、価格下落時に自然な買い注文を入れるわけではない。
フェライオリ氏の分析が建設的になるのはここからだ。主要な上場ビットコイン・マイニング企業はすべて、AI推論ワークロード向けの高性能コンピューティング(HPC)事業への転換を発表している。表面的な収益性だけを見れば、マイニングをやめてAI向け事業へ完全移行するほうが経済的に有利に見える。AI推論は、ピーク需要時において、ビットコイン・マイニングよりも1メガワット時当たりの純収益が高いからだ。
しかし、AI推論の需要は24時間を通して一定ではない。AIモデルは主に業務時間中にフル稼働し大量の計算処理を行なうが、夜間や週末には稼働率が大きく低下しアイドル状態になる。
ここに、ビットコイン・マイニングを排除するのではなく、それに追加されるかたちの構造的な機会が生まれる。Charles Schwabの分析では、需要の少ないオフピーク時における電力収益化手段として、ビットコイン・マイニングが最適なベースロード事業になると想定している。そして、業務時間中の需要ピーク時には、その上にAI推論事業を重ねる。
このハイブリッドモデルを採用するデータセンターは、AIの需要が低下した際に設備を遊休状態にすることなく、24時間を通じて設備利用率を最大化できる。マイナーにとって、これは、より安定した収益、運営コストを賄うための強制的なBTC売却の減少、弱気相場における構造的リスクの低減というメリットにつながる。
ビットコインはエネルギーによって裏付けられている
その根底にある考え方は、エネルギー経済学に基づくものだ。ビットコインには企業のような利益もなければ、フリーキャッシュフローも存在しない。また、経営方針を示すCEOも存在しない。フェライオリ氏の分析のフレームワークでは、ビットコインの価値は、それを生産するために必要なエネルギーコストから導き出される。そして、そのコストは透明性があり、検証可能であり、歴史的に見ても持続性を保ってきたものだ。
商品市場では、価格が生産コストを下回った状態で長期間取引され続けることはない。なぜなら、生産者は操業を停止し、供給量は縮小し、その結果として市場の需給バランスが再び高い価格水準へと調整されるからだ。
フェライオリ氏によれば、ビットコインも同じ論理に従う。現物価格が6万ドル付近にまで下落すると、もっとも効率の悪いマイナーは操業を停止する。その後、ビットコインの難易度調整メカニズムを通じてネットワーク全体のハッシュレートが調整され、新しいビットコイン1枚を生産するためのコストも低下してゆく。
2026年5月時点で、すべてのビットコイン・マイナーを平均したマイニング・コストは約8万5604ドルとなっている。一方で、ビットコイン価格は6万ドル台半ばで推移していた。つまり、ネットワーク全体として見ると、現在のマイニング事業は赤字状態で運営されていることになる。しかし、このような状況は歴史的に見て、さらなる暴落の前兆ではなく、むしろ価格回復局面に先行して現れる傾向があるのだ。