最近、シドニー・スウィーニーをモデルに起用した「アメリカンイーグル」のジーンズの広告に対する、ネット上の激しい非難を偶然みかけた。正直なところ、「意識高い系」の人々が繰り広げた壮大なデジタル癇癪がなければ、私はまったく気にも留めなかっただろう。どうやら「シドニー・スウィーニーのジーンズは素晴らしい」というフレーズが意図的に誤解され、彼女がたまたま魅力的で白人だったというだけの理由で、人種と特権に関する議論に仕立て上げられてしまったようだ。怒りを煽ることが目的なら、文脈なんて関係ないのだろう。
想像してみてほしい。広告主が、あなたに苦労して稼いだお金を使わせるために、敢えてお金をかけたことに腹を立てる人々を。衝撃的だよね? 次は、スーパーマーケットがレジ前の通路に戦略的にキャンディーを置いていることに憤慨するのだろうか? それとも、株式市場でウォーレン・バフェットを上回る成績を上げているいかがわしい政治家に対して怒るとか? まあ、最後の話は、黒スーツ姿の男たちがうちの玄関をノックしてくる前に、いったん忘れよう。
しかし、もし本当に怒りをぶつけるべきものがあるとすれば、それはデニムや遺伝子に関するジョークではなく、あなたが苦労して稼いだお金の購買力が、止まることのない法定通貨の印刷機によって静かに蝕まれていることだ。幸いなことに、簡単に傷つきすぐに色褪せてしまうデニムとは違い、ビットコインは真に優れたデジタル「遺伝子」をもっている。アメリカンイーグルはジーンズを売っているが、ビットコインは自由を売っている。
ビットコインは経済の波に揉まれても、色褪せたり、裂けたり、縮んだりしない。そのデジタル遺伝子は不変で、透明性があり、堅牢だ。これは、一般的なジーンズには到底欠けている特性であり、法定通貨にはもちろん欠けているものだ。インフレがあなたの財布の中のドルを着実に減らしてゆくなかで、ビットコインは時を経ても衰えない金融の耐久性を提供する。
ビットコインは、スキニージーンズが似合うかどうかや、たまたまシドニー・スウィーニーであるかどうかといった、表面的なことで差別したり判断したりはしない。誰もがアクセス可能で、時間とともに価値が上がり、欠点を隠すためにフォトショップを使う必要もない。高価なデザイナージーンズのことは忘れよう。ビットコインは究極の自由なフィット感を提供する。
だから、次にデニムをまとった魅力的な人々が登場する広告をみて、道徳的な憤りを露わにしたくなったら、その情熱を真に革命的なもの、つまりビットコインに向けてみよう。アメリカンイーグルのジーンズは一瞬あなたのスタイルを美しくみせてくれるかもしれないが、ビットコインは永続的な経済的自由をあなたに約束してくれる。
さて、そろそろビットコインを積む時間なので失礼するとしよう。私のジーンズとは違って、ビットコインには常に、もっと増やせる余地があるから。
※本記事は、寄稿者によるコラム「Take」です。記事内に述べられた意見は、完全に筆者個人のものであり、BTC IncやBitcoin Magazineの見解を必ずしも反映するものではありません。