技術の発展があらかじめ決められた道筋をたどっていると考えても無理はない。ここ数十年で、パーソナルコンピュータ、インターネット、モバイル端末が登場し、そして今、ビットコインの出現に至っている。
すでにビットコインが最良の資産であることは広く認識されている。これは金融リテラシーの基本にすぎない。グラフを見れば一目瞭然である。

出典:CaseBitcoin & Market Data(2025)
ビットコインの効用については、資産としての特性ほど明白ではない。しかしそれこそが今後数十年で私たちの経済生活を再構築することになる。資産としての側面は注目と評価を集めているが、ビットコインの本質的な効用は「価値を動かす手段」である。これが中核的な機能である。そしてそれは、コーヒーなどの日常的な買い物ではない(少なくとも現時点では)。インターネット上に、そしてインターネットのために設計された通貨である以上、小売レベルでの採用はオンラインで主流化した後に訪れるだろう。その主流化を実現するのは、価値移転をコモディティ化すること、つまり仲介者なしに誰もがどこへでも、どんな目的のためでも価値を動かせるようにすることだ。
価値の移転は私たちの生活の大部分を占めており、その可能性を広げることは私たちの行動や社会の形そのものを変えることを意味する。価値移転においては国境が消え、銀行のような巨大機関は縮小し、春の花が咲くように新たなつながりが次々と芽生えるだろう。その変革の規模は、インターネットそのものに匹敵する。
かつて紙の本は入手が難しく、禁止されることも(時には焼かれることさえ)あった。インターネットは情報を解放し、かつてないほど多くの人々に、多様なアイデアへのアクセスを可能にした。従来の通貨は、既存市場の支配者が築いた壁に囲まれた庭や限定された経路の中に閉じ込められている。ビットコインはこの仕組みの終焉を意味し、新たなシステムの始まりを示している。
インターネットが情報を解放したように、ビットコインは価値を解放するのである。
支払い ≠ 価値移転
現在進行中の変革の可能性を理解し、単なるありきたりなビットコイン礼賛論から区別するためには、これを「法定通貨ベースの支払いパラダイム」から「ビットコインベースの価値移転パラダイム」への転換として捉えるとよい。これは実際よりも抽象的に聞こえるかもしれない。
まずは馴染みのある「支払い」から考えてみよう。従来の支払いとは、負債を清算するための指示である。これは経済学者たちも認める定義だ。誰かがあなたにコーヒーを売ったり、髪を切ったりすれば、あなたはその相手に負債を負い、それを支払うことで清算する。ここで注目すべきは、支払いを行なうには実際に価値を動かすために銀行やアプリ、カード、仲介者といった中間機関に指示を与える必要があるという点だ。
これに対して「価値移転」はどうか。大きく分けて2つの違いがある。第一に、価値移転は直接的である。仲介者に行動を依頼する指示ではなく、それ自体が行為なのだ。第二に、価値移転は必ずしも負債の清算を必要としない。支払いは物々交換的な「クィッド・プロ・クォー(対価取引)」であるのに対し、価値移転は単なる「クィッド(価値の移動)」である。気まぐれに価値を送ることができ、それは必ずしも取引を意味しない。ただし、取引の一部となることもある。
現金は、支払いと価値移転の違いを直感的に理解させてくれる。現金で誰かに支払うとき、あなたは誰かに許可を求める必要がない。単に手から手へと価値を物理的に移すだけだ。そして現金は負債を清算する以上のことができる。例えば、街頭音楽家の帽子に小銭を入れることや、子どもにお小遣いを渡すことは、事前の負債を伴わない単純な価値の移転である。現金では、単なる取引にとどまらず、価値を「送る」ことができるのだ。
さらに重要なのは、これらの支払い指示が仲介者の閉ざされた構造によってあらかじめ決められたパターンに制限されていることだ(例:顧客から商人へ、雇用主から従業員へ、送金プロトコルを共有する銀行間の送金など)。大げさに聞こえるかもしれないが、Uber、OnlyFans、Airbnb、Spotifyといったプラットフォームを考えてみるとよい。一見すると、これらは分散化のように見える。つまりプラットフォームは単にサービス提供者と消費者をつないでいるだけだ。しかし支払いはすべてプラットフォームが決めた経路を通り、そこには銀行、フィンテックアプリ、クレジットカード会社といった貪欲な仲介者の長い連鎖が含まれている。こうした仲介者のそれぞれがコストを増やし、障害となり得るポイントを作り出し、規制を含む承認制の摩擦を生じさせる。
価値移転との対比は鮮烈である。端的に言えば、価値移転は現金の「許可不要」「即時性」「柔軟性」といった特徴を、物理的なモノを保持・移動させる制約なしに抽出する。
では、デジタル世界において現金をどう再定義すればよいのか。支払いという制約から解き放たれ、価値移転という力をどう実現するのか。もしピア・ツー・ピアの電子現金を送受信できる方法があればどうなるだろうか。。
ビットコインはデジタル決済よりもはるかにプログラム可能で、柔軟で、適応性が高い。ビットコインは、私たちがスマートフォンで写真を保存・共有するのと同じくらいスムーズかつ簡単に、価値を保存し移動させることを可能にする。価値を情報の一形態として扱うことで、ビットコインは特定のユースケースに基づいた新しい経済活動のパターンを、丸ごとのエコシステムとして築き上げるだろう。
そして、そう――それはビットコインでなければならないのだ。
ビットコインだけが価値移転を可能にする
価値移転とは、送り手から受け手へ自由意思で価値を直接動かすことである。これは従来の支払いパラダイムからの画期的な転換だ。では、なぜフィンテックでは実現できず、ステーブルコインでも代替できないのか。なぜ、その基盤はビットコインでなければならないのか。
その答えは、支払いがフィアットシステムのアーキテクチャに深く埋め込まれているからであり、フィンテックも例外ではない。
フィンテックの支払いは、無数の仲介者の連鎖を伴う。各仲介者が取引から収益を得るには課金モデルが必要であり、規制された送金業者に許されているのは個別の支払い処理である。そのため、彼らは離散的な支払いモデルを選択する。KYC、AML、リスク評価などのプロセスが不可欠であるため事業コストは高く、それに見合った手数料が課される。
コストの問題に加えて、仲介は必然的に摩擦を生む。各仲介者は国境や法域ごとに異なる規制制約を受け、市場や事業範囲を制限される。また、大口顧客がある分野での取引を理由に別分野での取引を撤回するリスクなど、直接関係のないビジネス上の懸念にも左右される。さらに、これらの支払いは仲介者が許す範囲以上にプログラム可能ではなく、確定的でも即時的でもない。仲介者は都合の良いタイミングで処理でき、支払人は事後に支払いを取り消せる場合さえある。
解決策として喧伝されるステーブルコインも、結局はひとつのフィアットベースの約束を別の約束に置き換えただけにすぎない。MiCA(EUの暗号資産市場規制)やGENIUS法が示すように、ステーブルコインは通貨規制に対して非常に脆弱である。あるステーブルコインが今日、国際送金に使えるとしても、来四半期には使えなくなるかもしれない。2025年初頭には、USDTを含む10種類のトークンが新たな規制に応じて欧州の取引所から上場廃止となった。ステーブルコインの発行者もフィンテック事業者と同様に外部要因に左右され、中央集権的な主体が許す範囲でしかプログラム可能ではない。
ステーブルコインとは、ブロックチェーン技術という外装をまとったフィアットに過ぎない。実際のところ、ステーブルコインもフィンテックも、レガシー決済システムにデジタルの口紅を塗っただけの存在なのである。
もしインターネット黎明期に戻り、デジタル時代に最適化された通貨を設計するとしたら、それはビットコインの姿をしていただろう。実際、それはビットコインなのである。
あらゆるアプリにビットコインを
アプリこそが変化の媒体である。アプリは絶え間ないデータストリームのノードであり、私たちの働き方、移動の仕方、愛し方、そして考え方を変える道具である。アプリは人間が適応していくデジタル環境を形作り、同時に私たちはアプリを作ることで環境を自らに適応させている。価値移転は支払いを凌駕しつつあり、その導管となるのがアプリである。
アプリがどのように価値移転を統合し、それを育んでいくのかを理解するために、デジタルカメラの進化を考えてみよう。最初の「フィルムレス」カメラが市場に登場したのは1970年代半ばだが、最初の20年間は単一用途のデバイスに過ぎなかった。初期の携帯電話に搭載されたカメラでさえ「単なる」カメラであり、写真を撮る以上の機能はなかった。
デジタルカメラが何を成し得るか、そして私たちとの関係を一変させた革命は、2007年に最初のiPhoneが発売されたときに起きた。それはカメラそのものではなく、カメラとアプリの組み合わせがすべてを変えたのだ。開発者たちはカメラをすぐにアプリに統合し、ユーザーは写真を撮影し、加工し、共有できるようになった。
デジタルカメラとアプリの相乗効果は、私たちの現実と行動を変えた。TikTok、Instagram、ポケモンGOといったアプリは、20年前なら奇異に映ったであろう行動(例:ハンバーガーを撮影する、公園で見えないモンスターを追いかける、など)を当たり前に、場合によっては憧れの対象にさえした。私たちは日々の生活を絶えず記録し、アプリを通じて他人の生活を消費している。MetaのAIグラスでさえ、基本的には「なんでもアプリ」にカメラを取り付けただけの存在である。
ビットコインが行なうのは、価値移転をコモディティ化し、それをスマートフォンのデジタルカメラのように汎用的で自由に適応可能なものにすることである。あらゆる種類のアプリを開発するエンジニアは、価値移転を統合できる。メッセージングアプリはメッセージに価値を添付でき、ソーシャルアプリは投稿に「いいね」するのと同じくらい簡単に資金調達や割り勘を実現できる。Uber、Spotify、Airbnb、OnlyFansのようなマーケットプレイスを構築するのに、もはや数百万ドルや閉ざされた支払いシステムの迷路を突破する必要はない。誰でも開発できるのだ。
支払いには銀行家や弁護士が必要だ。しかし、コモディティ化された価値移転に必要なのは、ビットコインと開発者だけである。
ビットコインは思春期を脱し、成熟段階に入りつつある。具体的には、スループットを拡大し相互運用性を強化するために、ビットコインには「ライトニング・ネットワーク(Lightning)」が必要であった。ライトニング・ネットワークとは、ビットコインのセカンドレイヤー技術であり、少額かつ即時の取引を可能にする仕組みである。そしてLightning自身も、ビットコインベースの価値移転における共通言語としての地位を確立する必要があった。
そして今、私たちはその地点にいる。Spark、Ark、Liquid、Fedimint、Botanix、Cashuといった、独自の利点を備えた多様なビットコインのサブネットワーク群が生まれた。さらに、あらゆる開発者が自分のアプリに価値移転を追加できるSDKがすでに利用可能となっている。デジタルカメラのアナロジーで言えば、2007年に初代iPhoneが市場に登場し、開発者たちがカメラAPIを使い始めた段階に相当する。
まさに好機である。技術はすでに熟しているが、市場はまだこの変革を織り込んでいない。価値はこれから情報のように動き始めるのだ。今は、これから起こることをしっかりと予測できるほどに遅く、かつ混乱を活用するには十分に早い時期である。ビットコインベースの価値移転とアプリの融合は、スマートフォンにカメラを搭載することと同じくらい必然的なのである。
子孫たちに「どうやって暮らしていたのか」と思わせよう
必要な要素はすべて揃っている。ビットコインは繁栄し、他のあらゆる資産を凌駕している。Lightningは、あらゆるビットコインのエンドポイントを互いに接続可能にした。多様な用途や好みに応えるプロトコルもすでに存在している。開発者たちは、ビットコインベースの価値移転をアプリに簡単に統合できるSDKを見つけ出し、互いに学び合いながら、新しい応用や活用方法を発見している。それはアプリをChatGPTやGoogleマップのように不可欠なユーティリティにしていくだろう。
私たちは、子孫が原始的だとみなすだろう時代の終わりにいる。電気や水道が行き渡る前を思わせる段階である。同時に、彼らがルネサンスやインターネットの誕生になぞらえて変革的だとみなす新時代の幕開けにも立ち会っている。私たちの成果に誇りを持ち、私たちが築いた道具なしにどう生きてきたのかと彼らを驚かせる未来を残そうではないか。
本記事はBreezのロイ・シャインフェルドによるゲスト投稿です。ここで表明された意見はあくまで筆者個人のものであり、BTC IncまたはBitcoin Magazineの見解を必ずしも反映するものではありません。


