マイケル・セイラー、あなたはすべての「価値の保存(store of value)」資産が欠陥を抱えていることを認識せざるをえなくなり、欠陥のない唯一の資産へと意識を集中するよう追い込まれた。それ自体はよいとしても、だからといって「交換手段(medium of exchange)」としてのビットコインの重要性を無視してよい理由にはならない。住宅市場を例にとれば、ある視点からみれば巨大な市場でも、別の視点からは酷いものにみえることがある。しかし、何十億ドルという購買力を維持する苦痛を実際に経験すれば、住宅は「価値の保存」手段としてはまずまず優れたツールだとわかる。
残念ながら、あなたの「価値の保存(SoV)」への固執は大きく的を外している。ビットコインの最大の側面は「交換手段」としての機能にある。確かに法定通貨のシステムは貨幣の機能をますます分離させているが、だからといってビットコインまでそうあるべきだとは限らない。ビットコインを「交換手段」と呼ぶことは、“蜂の巣をつつく”ような行為であり、他のすべての通貨の支配者たちはビットコインを止めようとするだろう。しかし、もし彼らがビットコインと敵対するのではなく共生するならば、すべての億万長者に安心して資産を移せる場所を提供することになる。しかし、単に価値を保存するためだけに利用することは、むしろビットコインを攻撃しているのと同じだ。そのような姿勢はビットコインを「デジタル・ゴールド2.0」に変えてしまい、封じ込めることになる。
「交換手段」なくして「価値の保存」は成立しない! まずあるべきは「交換手段」なのだ。誰かから取引を受けて、それからビットコインを保管する。もし「価値の保存」こそがビットコインの本質だとするなら、ビットコインの鍵を紛失したときに「保管は完璧に行なわれている」と主張することになる。だが、「交換手段」としての機能がなければ、市場はその上に乗せられたフィクショナルな法定通貨ベースの価値を容赦なく消し去るだろう。価値が存在するのは、それが動くことができ、「交換手段」として使えるからにほかならない。
酸素タンクは備蓄のために不可欠だけれど、呼吸という行為そのもののほうが重要である。「価値の保存」はあくまで二次的なものであり、取引できる能力に依存している。それがなければ、「価値の保存」という考え自体が無意味となる。マイケル、あなた自身がこれを身をもって学んだはずだ。アルゼンチンにあるあなたの数百万ドル規模の資産が90%も価値を失ったとき、それを維持するのに苦労したのは、未来が予測できなかったからではない。むしろ、それを「交換手段」として使えなかったからだ。確かに「価値の保存」機能が弱いと「交換手段」としての力も損なう。しかし、なぜ「交換手段」が優先されるのか? それは、交換する能力があるからこそ人は変化に対して反応し、適応できるからだ。
いまや、ビットコインに触れたことのあるほとんどの人がジェシー・マイヤーズ氏のチャートを目にしたことがあるはずだ。それを世に広めたのはマイケル、あなた自身だ。あなたは「900兆ドル規模のクリーンな『価値の保存』手段より優れたアイデアはない」と主張する一方で、ビットコインを「世界でもっとも流動性の高い市場のひとつであり、24時間365日稼働している」とも述べている。だが、考えてみてほしい。流動性とは即ち「交換手段」である。
ここでジェシー・マイヤーズ氏のチャートを分析してみよう。まずは住宅市場からだ。住宅の総資産価値は330兆ドルとされるが、実際の年間取引額はわずか1.3兆ドルにすぎない。つまり、住宅は「交換手段」としては非常に貧弱な存在である。さらに、規制や税制によって不動産取引はいっそう困難となっている。それでも、住宅は「価値の保存」手段として100倍以上優れているため、億万長者たちはそれを重宝し、住宅市場を席巻しつつある。その結果、若年層はますます市場から締め出されるようになっている。
住宅は確かに価値があるかもしれないが、その価値は建物自体というよりも、周辺のインフラとのつながりによって大きく左右される。道路が建設されれば価値は上がる。スーパーストアやガソリンスタンドができたり、電力網に接続されたりすれば、さらに価値は上昇する。つまり、ネットワーク(接続性)がエネルギーの流れをもたらし、そのエネルギーが経済価値として変換される可能性を生む。これは通貨と同じような性質だ。住宅の価値は、ネットワーク内での交換によって引き上げられるのだ。しかし一方で、こうもいえる。もし自分が億万長者で、他人から資産を狙われているとしたら、むしろ自宅の周囲にネットワークを張り巡らせたくはないだろう。優先すべきはプライバシーだ。たとえ住宅の価値が下がったとしても、目的は、他人がアクセスするコストを高め、攻撃される可能性を減らすことにある。
次に債券市場を見てみよう。債券は全体で300兆ドル規模の価値をもつ「価値の保存」資産とされており、年間の取引量は140兆ドル、新規発行分が25兆ドルとなっている。つまり、債券市場では年間価値の約50%が「交換手段」として利用されていることになる。住宅よりは交換性が高いが、それでもやはり人々は主に「価値の保存」として債券を使っていることがわかる。
続いて株式市場だ。総価値は115兆ドルでありながら、年間の取引量はおよそ175兆ドルに達している。これは、株式が「価値の保存」以上に「交換手段」としての力をもっていることを示している。マイケル、あなたが所有するストラテジー社の株式を思い出してほしい。あなた自身が誰よりも詳しいはずだ。それは昨年、どれだけの価値を保存し、そして、どれほどの量が交換されたか?
次に挙げるふたつのセクターも興味深い。アート業界は年間の取引額が非常に小さいため、チャート上にも記録されない。一方、自動車やコレクター市場では年間およそ4兆ドルもの取引が行なわれている。これは、それらが主に「価値の保存」手段として使われていることを示すと同時に、住宅市場が「交換手段」としていかに低パフォーマンスであるかをも浮き彫りにしている。自動車市場にすら劣っているのだ。
おおっと、金(ゴールド)だ! 金本位制支持者たちは、金が5000年以上も存在してきたと熱狂的に語り、何らかの理由でそれを究極の「価値の保存」手段と呼んでいる。にもかかわらず、金は「価値の保存」市場全体のうちわずか1.78%しか占めていない。これは、金が「交換手段」としての役割を剥奪されたときに、支配や操作に対して脆弱になったことを示している。残念ながら、金支持者の皆さん、その魔法のランプにジーニー(映画『アラジン』に登場するランプの魔人)が戻ることはもうない。金は現在16兆ドルの価値を保持している。金支持者たちは、世界の120兆ドルのマネーをすべて金で保管できると主張している。彼らは自分の保有する資産の価格を吊り上げようと必死だが、市場はそれに同意していない。市場は、光ってはいるが命のない岩よりも、欠陥だらけの法定通貨に10倍もの価値を与えている。では、金は「交換手段」としては優れているのだろうか? 金の年間取引額は54兆ドルに上る。これはデリバティブ(金融派生商品)によって押し上げられている。その結果、金の「交換手段」としての使用量は、「価値の保存」としての使用の3.5倍に相当している。
貨幣は、資産全体のなかで「価値の保存」手段として支配的な地位にあるわけではないかもしれない。だが、「交換手段」としては圧倒的な首位に立っている。 他の「価値の保存」資産は、これにまったく太刀打ちできない。
では、もし世界のトップ通貨であるドル(USD)が、「価値の保存」手段としての機能のみに限定されたら、どうなるだろうか? それはドルのネットワーク全体の崩壊を意味する。その空白を埋めるために、非米国圏の資産ネットワークが立ち上がり、需要に応じてその価値が上昇することになる。時間が経てば、それらの「価値の保存」資産は上昇し、ドル建ての資産は暴落していく。世界全体の貨幣総量は約120兆ドルとされているが、主要中央銀行の取引量をみてみると以下の通りだ。
・Fedwire(米国):約1182兆ドル
・TARGET2(ユーロ圏):約765兆ドル
・CHAPS(英国):約145兆ドル
・その他(データが不完全なため一部のみ):約500兆ドル(※控えめな推定)
このように、ジェシー・マイヤーズ氏のチャートによると、「価値の保存」としては120兆ドルである一方、これらのネットワークの「交換手段」としての機能的価値はその20倍以上、つまり約2.5京ドル(2500兆ドル)に上る。では、もし世界中で銀行口座を持たない20億人がこのネットワークに加わったとしたら、どうなるだろうか? いったい、どれほど多くの新たな取引が発生するのだろうか? そして、もしマイクロトランザクション(極小額の取引)が可能になったら?
この全体のなかで、ビットコインはどこに位置づけられるのだろうか? 現在支配的なビットコインの物語は、「決して売るな」というホルダーへの訴えであり、ビットコインを完全に「価値の保存」手段としてのみ位置づけている。しかし、市場はまったく異なるストーリーを語っている。2024年、ビットコインの時価総額は2兆ドルに達した。一方で、その第一レイヤー、つまりブロックチェーン上で交換された価値の総額は3.4兆ドルに上った。さらに、即時かつ小額の支払いを可能にする第二レイヤーのライトニングネットワークも加味すれば、総取引額はおそらく4兆ドルに近づくとみられる(正確な数値は依然不明だ)。これは、ビットコインの「交換手段」としての役割が、「価値の保存」手段としての役割の2倍に相当することを示唆している。では、長年にわたって繰り返されてきた「永遠にホールドせよ」というプロパガンダ的ストーリーが、もしも色褪せ始めたとしたら……。そのとき、いったい何が起こるのだろうか?
債券や株式は「金融商品」と呼ばれているが、実際には法定通貨に欠陥があるが故に、貨幣のフリをしている存在である。その結果、財産を守る手段から多くの人々が締め出される市場が形成され、貨幣の「価値の保存」という役割がさらに分断されてしまっている。では、こうした金融商品はどれほど包摂的なのだろうか? それとも、これらは単に法定通貨という「交換手段」から価値を吸い上げて、特権的な個人や億万長者、あるいは貯め込むことを必要とする者たちに再配分するためのツールにすぎないのだろうか?
世界全体でみると、債券に直接アクセスできる人々は10〜20%程度しかいない。しかも、その多くは直接ではなく、年金基金や投資信託を通じた間接的な保有にすぎない。株式の場合は15〜25%程度が何らかのアクセスをもつ。つまり、少なくとも人類の80%は、これらのツールを使って自分の価値を保護する手段をもたず、搾取される立場に置かれているということになる。「価値の保存」と「交換手段」が分断されていることで、搾取する者と搾取される者という構造が生まれる。この構造は「カンティロン効果(通貨発行者に近い者が最初に恩恵を受け、格差が拡大する現象)」をより強力にしてしまう。つまり、「交換手段」(例えば法定通貨)を印刷できる者たちが、「価値の保存」資産を次々に買い占めてしまうことで、残りの80%以上の人々は脇に追いやられてしまう。これは、システム全体を弱体化させ、「持つ者」と「持たざる者」の間の格差を拡大させるフィードバックループとなる。そして、通貨を発行すればするほど、貨幣はその「価値の保存」機能からどんどん乖離していく。
もうひとつ、システム全体において非常に大きな要素が手数料である。ドルを銀行システムを通じて送金する際にも手数料はかかるが、それ自体はサービスだといえる。だが、「交換手段」(例えば現金)から「価値の保存」手段(例えば株・債券など)へと移そうとするときには、はるかに多くのコストが発生する。このような過剰な手数料は、システム全体に大きな摩擦を生み出しており、「持たざる者」が自分の価値を保存することをますます困難にしている。この時点で、「交換手段」はもはや「交換」のためのものではなく、「搾取のための手段」へと変貌しつつある。これこそが、法定通貨システムにおいて「価値の保存」だけを追求するケースのほうが魅力的にみえてしまう理由のひとつでもある。
ビットコインは、ほかのあらゆるもののように貨幣のフリをしているわけではない。それは、氷のように溶けていくこともなく、差別もしない、初めて設計された貨幣である。それは「選んだ者たちの貨幣」なのだ。その背後には印刷機(発行主体)が存在しないため、より優れた「価値の保存」手段に乗り換えようとする動機も生じない。ビットコインには「二番手」は存在しない。たとえビットコインを持っていない者であっても、それを使って望む人生を形成することができる。お金を貯めて何かに蓄えることを追い求めるのではなく、ビットコインの上に自らの人生を豊かにするものを構築していく方向へとシフトすることができる。
最大のアイデアは、「価値を保存すること」ではなく、「価値を動かすこと」である。しかし、価値を動かすには、まず何らかの価値が保存されていなければならない。そして、その価値を保存するためには、まず誰かが価値を自分のもとへ動かしてくれなければならない。だからこそ、富裕層は氷のように溶けてしまうことのない資産を好むのだ。一方で、キャリアを始めたばかりの人々は、「まだ持っていないものを保存する」ことよりも、まず「価値を受け取る」ことに重きを置く。
では、なぜ「価値の保存」手段という考え方がこれほど注目を集めるのだろうか? その一因は「労力の少なさ」にあるのかもしれない。「価値の保存」手段としてのビットコインは、「買ってHODL」するだけでよい。生活を改善するための努力は不要だ。一方、「交換手段」としてのビットコインを活用するには、実際に働いて貯蓄を増やし、自分のモノやサービスの対価をビットコインで支払ってもらうよう、他人を説得しなければならない。
もうひとつの要因は、多くの人々が、自分の資産ポートフォリオにおいてビットコインよりも法定通貨の割合が依然として大きいということだ。自分のビットコイン保有が法定通貨保有を上回ったとき、初めて「ビットコインで生活を豊かにする」ことを現実的に考え始める。
だが、そのようなシフトは、そもそも貯蓄や資産を持たない世界の大多数の人々にとっては、さほど困難なことではない。これが、なぜ現在のシステムが彼らをそこから“抜け出させまい”とするのかを説明しているのかもしれない。そして、その依存を温存する手段として、「ビットコインを預かってあげますよ」という提案をもち出してくる。こうして、人々は古い依存先を捨てる代わりに、新しい依存先にすり替えられているのだ。
ビットコインの硬直化さえも、「交換手段」としてのより多くの利用の必要性に結びついている。マイケル、あなたはこの硬直化を強く支持しているが、もしビットコインがより多くの人々に使われなければ、その硬直化を却って遅らせているのだ。あなたとは違って、アメリカは、ドルを世界の基軸通貨にするには、できるだけ広く分配する必要があることを理解していた。アメリカはネットワーク効果こそが硬直化を実現する鍵だとみていた。紙幣の印刷と配布にはほとんどコストがかからなかったため、それは容易に成功した。一方、ビットコインには絶対的な希少性があるため、「どれだけ広く分配するか」と「どれだけ蓄えるか」のバランスが求められる。だが、それはまったく使ってはならないという意味ではない。
「体内に脂肪を蓄える」という比喩は、長期的な生存の鍵としてよく使われる。それは正しい。だが、その前に安定的な食料の摂取がなければ、そもそも蓄えるものがないという点を見落としている。収入がなければ、保存すべきものもない。だから、まず交換が先に来るのだ。だが、飢えを心配していない人にとっては、焦点は、食料を腐らせないように保存することに移る。私はこの点を繰り返し強調してきた。なぜなら、あなたの「価値の保存」への偏りが、あなた自身の判断を歪め、他人を誤った方向に導いているからである。
ビットコインをめぐる旅のこの段階に入って、私はこれだけは確信をもっている。「金を追いかけることは人を腐敗させる」。ビットコインはその流れを変えるものだ。ビットコインは、金をひたすら追い求める生き方を終わらせ、自分の望む人生のために金を使えるようにする。
もし、自分の欲しいものがすべて手に入ったとき、人はどうするのか? そのときにどうするか? すべてのビットコイナーは答えをもっていなければならない。それがビットコインでは可能なのだ。だが、金を追いかけ続けるというのは、決して満たされることのない底なしの穴である。聖書には「金銭を愛することは諸悪の根源である」と書かれている。私もそう思う。だが、ではそれはどのように作用するのか? そのメカニズムとは何なのか? 金を追いかけること、金を最優先にし、他のあらゆることをそれよりも劣るものとしてしまうこと。それこそが諸悪の根源となる仕組みなのだ。
あなたが築いているのは「ビットコイン・スタンダード」ではない。あらかじめ仕組まれたデッキを積み上げているだけだ。かつての金と同じように、いまビットコインを人々や機関から囲い込んでいるのは、あなた自身であり、それによって法定通貨スタンダードを一層強化している。マイケル、あなたは一部の人が信じているようにドルを攻撃しているのではない。
むしろ、自社の株価とそのエコシステムを押し上げることで、ドルを支えているのだ。実際には、あなたのビットコイン購入を資金面で支えている人々に対して、投機的な攻撃を仕掛けている。あなたは彼らを傷つけているだけではない。ドルを強化することで、その他の通貨の保有者たちにさらなる痛みを与えている。世界が注目するなかでsats(satoshis:ビットコイン最小単位)を貯め込む? それは「サイバーシティ」ではない。他人の資金で築かれた「ゲーテッド・エステート(閉ざされた資産領域)」にすぎない。
人々は自分のビットコインをあなたの発行する証券に投資したいと思うだろうか? 実際にどれだけの人がそうするのか? 真のビットコイン至上主義者(ビットコイン・マキシマリスト)であれば、自分の完璧な「価値の保存」手段である資産を法定通貨ベースの金融商品なんかに交換したりはしないだろう。よく考えてみてほしい。いまのあなたはAppleの株を買うためにビットコインを使うだろうか? かつては投資していたではないか。でも、それにはまったく意味がない。私はあなたにビットコインを渡して、あなたはそれを法定通貨に替える。その過程で法定通貨の手数料を支払い、法定通貨の保管者や第三者機関を潤わせて、そして最終的にまた別の場所でビットコインを買い戻すために使うなんて、そんなのは馬鹿げている。
結局のところ証拠があるわけではないが、この記事で私が述べていることを、あなた自身もすでにすべて理解していると、私は確信している。マイケル、これはあなたに向けて書かれたものだが、実際には、あなたを「新たなビットコインの救世主」と信じて、あなたの言動を盲目的に追従している人々に向けたものだ。彼らは自分自身の人生において無謀な賭けに出てしまっている。その賭けがビットコインをまるごと失うリスクとなりえるのだが、彼らはそのことに気づいていない。あなたのような金融的セーフティネットも利回りも、彼らには存在しないにもかかわらずだ。彼らが繰り返すあなたの言葉は、人類の大多数にはまったく当てはまらない。
ビットコインは、単なる資産や金融ツールではない。それは国境を越え、許可を必要としない「人々のための貨幣」だ。ビットコインをそう扱わないことは、本来の価値を貶めることになる。ただ保存するだけでは自由は得られない。satsを流通させることこそが、ネットワークを育てる。satsを流通させることが、協力を促進し、よりよい未来を築く。satsを流通させることが、エコシステム全体を強化する。もちろん、明日のために一部を保存するのはよいことだ。だが、墓の中でもっとも裕福な人間になるために貯め込むのではなく、いつの日か再び流れ出すための計画に向けて、それをとっておくべきなのだ。
本記事はIvan Makedonskiによるゲスト寄稿です。記事内に述べられた意見は、完全に筆者個人のものであり、BTC IncやBitcoin Magazineの見解を必ずしも反映するものではありません。

