カストディ型で中央集権的、かつアルトコインを扱う「カジノ」のような取引所だけがこの業界で成功する道ではないことを証明するかのように、プライバシー重視のビットコイン取引所である「Bull Bitcoin」は最近、多国籍的な展開に踏み切った。フランスでチームをゼロから立ち上げ、サービスをユーロ圏全体へと拡大したのだ。この動きは、同社がコスタリカ進出を発表してから、わずか1年後のことである。
「当社でビットコインを購入すると、あなたのウォレットに直接送られる。顧客資金を預かることは決してない。それは、フランシス(Bull Bitcoin創業者)のプライバシーに対する信念とサイファーパンク(暗号技術を用いて個人のプライバシーと自由を守ろうとする思想や活動)の精神を反映している」
https://x.com/BullBitcoin_/status/1881371651251769619
Bull Bitcoinは2013年にカナダのモントリオールで設立された。最大の特徴はノンカストディアル(非保管型)の取引所モデルである。一般的な取引所のように法定通貨を預けた後に口座残高にビットコインが反映されるのではなく、Bull Bitcoinでは購入前にユーザーが自らのビットコインアドレス(送受信に用いる文字列で、銀行口座番号のようなもの)を入力する必要がある。この仕組みにより、同社の口座に法定通貨が届き次第、即座にユーザー指定のウォレットにビットコインを送金できる。
また、同社はライトニングネットワークやLiquidネットワークといった、ビットコインのプライバシー性とスケーラビリティを向上させる技術の最初期からの積極的な支持者でもある。さらに、トランザクションのプライバシーを高めるPayJoin(ペイジョイン)の統合も進めている。これらすべてが、ユーザーに対する強力なプライバシー保護を実現している。
加えて、Bull Bitcoinは投機やトレードではなく、ビットコインを通貨として使うことに重点を置いた製品群を展開している。
例えば、家賃や電気代、データ通信プランなど毎月の請求をビットコインで支払えるサービスを提供しており、最近では不動産の購入にも対応するようになった。さらに現在は、開発初期段階にあるものの急速に機能を充実させつつある、独自のビットコイン・ウォレットアプリもリリースしている。
Bull Bitcoinと他の多くの取引所との間には、微妙だが極めて重要な違いがひとつある。それはビットコイン専用という方針である。多くの取引所が収益の柱としているアルトコインの販売をいっさい行なわず、暗号資産市場における投機的熱狂の収益化というビジネスモデルを拒否しているのだ。
Bull Bitcoinは、暗号資産市場全体を無視してビットコインのみに特化することで、ほかの多くの競合よりも早く最先端技術を導入することが可能となっている。多数のアルトコインをサポートすることで生じるコンプライアンス上のリスクや技術的負債を抱えずに済む点も、このアプローチの大きな利点である。
その結果として、Bull Bitcoinはスリムかつ効率的なチーム体制でありながら収益を上げ、ついには国際展開までを果たしたのだ。
プライバシーは犯罪ではない
Bull Bitcoinの成功の背景には、創業ストーリーも欠かせない。同社はフランス系カナダ人の起業家であり「ビットコイン・マキシマリスト(ビットコインこそ唯一の健全な暗号資産であるとして他のコインを認めない立場のこと)」として知られるフランシス・プリオ(Francis Pouliot)氏によって設立された。これまでベンチャーキャピタルからの資金提供をいっさい受けておらず、完全に自己資金で運営されている。
初期のサイファーパンク的ビジョン(ビットコインを主権的な法定通貨としてとらえる)に忠実であり続けるのは、決して容易なことではなかった。しかし、その姿勢こそが他の取引所が避けがちな決断や戦略を、Bull Bitcoinが果敢に採用することを可能にしてきた。
現在、Bull Bitcoinは欧州連合(EU)への進出を果たそうとしている。まさにいま、ほかの多くの暗号資産関連企業がEU市場から撤退している最中だ。例えば、Deribit(デリビット)のような企業は数年前にすでにヨーロッパを離れており、Tether(テザー)のような巨大企業さえも規制の圧力によってEUからの締め出しを受けつつある。そうしたなか、Bull Bitcoinは敢えてEU市場に飛び込み、サービスが十分に行き届いていない層にリーチする好機とみなしている。
コンプライアンスの面においても、Bull Bitcoinはほかの市場参加者とは大きく異なるアプローチをとっている。多くの暗号資産取引所が「念のための過剰な準拠」を選ぶ一方で、同社は法の文言に忠実に従うことを基本とし、行きすぎた規制や政治家からユーザーを守る手段を常に模索している。
「われわれは政府と付き合う経験が豊富だ。カナダ出身なので政府の監視には慣れている。確かにEUのコンプライアンス負担はカナダよりもはるかに重いが、それでも怖くはない」と、創業者フランシス・プリオ(Francis Pouliot) 氏は弊誌に語っている。
テオ・モジェネ(Theo Mogenet)氏は次のように補足する。
「マネーロンダリング対策に関する一定の義務があることは事実で、それを完全に回避することはできない。ただ、例えばカナダでもヨーロッパでも、裁判所の命令も法的根拠もないままに政府が取引の一括開示を求めてくるような場合、われわれの方針はそれに対抗することだ。利用可能なすべての法律を活用し、政府の要求を突き返すために闘う、というのがわれわれの姿勢だ」
コスタリカへの展開
Bull Bitcoinの拡大はカナダやヨーロッパにとどまらない。近年、同社はコスタリカにも進出し、ラテンアメリカ市場への足がかりを築いている。この地域は、P2Pの支払いと低スペックなインフラに支えられたエコシステムが特徴だ。
Bull Bitcoinは同国初のビットコイン取引所となり、現地で非常に普及しているモバイルテキスト決済サービス「SINPE Móvil(シンペ・モビル)」との統合をいち早く実現。これにより、ユーザーは慣れ親しんだ方法でsats単位のビットコインと法定通貨の交換が可能になった。
その結果、地元のファーマーズマーケットや青果販売業者の間で急速にビットコインの導入が進み、プリオ氏と彼のチームが中米の温暖な気候を満喫する様子が映された動画が頻繁に投稿されている。
Bull Bitcoinのコスタリカ進出は、カナダにおける新型コロナウイルス対策の行動規制からの「脱出」がきっかけであったことでも知られている。創業者のプリオ氏はこれらの規制に反対し、抗議の立場を明確にしていた。
同社はほどなく「ビットコイン・ジャングル(Bitcoin Jungle)」と提携する。このプロジェクトは、エルサルバドルの「ビットコイン・ビーチ」に似たオープンソースかつ草の根型の取り組みであり、コスタリカの人々に対してビットコインの恩恵を広め、それを通貨として活用する方法や経済圏としてのポテンシャルを啓発・教育する活動を行なっている。
セルフカストディの重荷
サイファーパンク的価値観への忠実な姿勢を示すことは、Bull Bitcoinにとって決して容易な道ではなかった。特にセルフカストディ(自己保管)の採用は、コンプライアンスやセキュリティ上の負担を企業側から大幅に軽減する一方で、より高度なリテラシーをもったユーザー層と非常に機敏なサポート体制を必要とする。
同社は「シンプルなチャットシステム」を自社でホスティングしており、ときには創業者のプリオ氏自身が対応することもある。このアプローチにより、ユーザーは外部プラットフォームに依存することなく技術に精通したビットコイナーと直接やり取りでき、迅速かつ信頼性の高いサポートを受けられるのだ。
「当社は、常時稼働のチャットシステムを自社サーバーでホスティングしている。つまり、クライアントのデータが外部に共有されることはいっさいない。そして、ユーザーがチャットで話す相手は基本的に人間、例えばヨーロッパであれば私やジミー、あるいはカスタマーサポート担当者が対応する。ときにはプリオ本人が応答することもある」と、モジェネ氏は同社のサポート体制について語っている。
また、ユーザーが詐欺に巻き込まれないための対策も講じられており、サポートのやりとりのなかで必要に応じてユーザーに直接電話をかけることもある。
「われわれは、ユーザーと10〜15分ほど会話することもある。ビットコイン・ウォレットとは何か? セルフカストディにはどんなリスクがあるのか? それを理解してもらい、誰かに強要されたり、圧力をかけられてはいないかを確認するためだ」と、モジェネ氏はポッドキャストで語ってる。
フィッシング詐欺は、ビットコインや暗号資産の取引所において頻発する問題であり、暗号資産の知識が乏しいユーザーが、巧妙な嘘や心理的な圧力によって、詐欺師に暗号資産を送金するよう誘導されるケースがあとを絶たない。
Bull Bitcoinは、積極的なサポート体制に加え、2022年にはVeriphi(ヴェリファイ)を買収。同社は、ビットコインのセルフカストディ支援に特化したホワイトグローブサービス(キメ細かく丁寧なパーソナライズされた高品質なサポート)を提供しており、ケベックのビットコインコミュニティに深く根ざし、高度なセルフカストディに関する豊富なコンサルティング実績をもつ企業だ。
現在、このサービスは bitcoinsupport.com という専用サイトを通じてBull Bitcoinの製品ラインに統合されており、ユーザーが正しい知識と伴走支援のもとでセルフカストディの道を歩めるよう、さまざまなコンサルティングや教育パッケージを提供している。
セルフホスティング体制:フォーク戦争の教訓
Bull Bitcoinがセルフホスト型(自社内のサーバーやインフラでシステムを運用・管理する形態)のインフラにこだわる理由は、単なる思想的な選択によるものではない。むしろ、それは2017年に起きた「ビットコイン・フォーク戦争」から得た現実的かつ痛烈な教訓によるものだ。フォーク戦争とは、ビットコインのスケーリング(取引処理能力の向上)をめぐって、業界内でどのような開発方針を採るべきか、そしてその決定権を誰がもつのかという内部対立が激化した出来事である。例えば、ビットコイン・コミュニティが直面していたジレンマ、経済ノードにおけるゲーム理論、最終的に勝利を収めたビットコインの合意形成の在り方について、2017年のスピーチでプリオ氏は詳しく解説している。
当時、ビットコインのコミュニティでは「Bitcoin Unlimited(ビットコイン・アンリミテッド)」と呼ばれる派閥が台頭し、ブロックサイズを拡大することでスケーリングを図ろうとする動きがあった。しかし、この技術的選択肢は当時のビットコイン・コア開発者によって却下されていた。
こうした状況下で、プリオ氏とBull Bitcoinのチームはカナダ国内のビットコイン関連企業に啓発と結束を呼びかけ、提案されていたハードフォーク(ブロックチェーンの仕様を根本的に変更するアップグレードのことで、旧バージョンとの互換性が失われる場合を指す)に反対する運動を主導した。その一環として、2017年にはカナダの16社が署名した意向表明書が公開されている。
この時期にBull BitcoinはCyphernode(サイファーノード) の開発にも着手する。サイファーノードは、モジュール式のビットコイン・フルノードAPIサーバーアーキテクチャおよびユーティリティツールキットであり、信頼を要する第三者に依存することなく、スケーラブルかつ安全で高機能なビットコインアプリケーションやサービスを構築するための基盤を提供するものだ。
このソフトウェアスイートは、その翌年にオープンソースとして公開された。これにより、Bull Bitcoinと関係企業は自らが完全にコントロール可能なソフトウェア基盤をもって内部対立に立ち向かうことができた。分裂が発生した際には、どのビットコインのバージョンを支持するか、どのチェーンを追随するかを自ら選択できる体制が整ったのだ。
この「ソフトウェアによる自立」は、のちに起きるビットコイン文化戦争とは別の戦線でも重要な役割を果たすことになる。それが、マイニングプール、データサービス企業、取引所などの大手によって構成された企業連合の合意案「NYアグリーメント(ニューヨーク協定)」への対抗である。この合意は、「SegWit2x(セグウィット・ツー・エックス)」と呼ばれるビットコインの別バージョンへのコンセンサス変更を目指していた。
この企業連合にはBlockchain、Coinbaseといった大手を含む50以上の企業が参加しており、表向きにはビットコインネットワーク全体の80%以上のハッシュパワーを掌握しているとされた。しかし、この動きは開発者やユーザーのコミュニティの合意とは相容れないものだった。
結果として、ビットコイン・アンリミテッド派とNYアグリーメント連合の両方は、ソフトフォーク型のSegWitを支持する開発者とコミュニティの連合に敗れることになる。彼らはCyphernodeに似たツールやUASF(ユーザー主導ソフトフォーク)を活用し、旧バージョンとの互換性を維持したまま、ビットコインのスケーラビリティ向上を実現する道を選んだ。そして、それが最終的に勝利を収めた。
2017年ビットコインの分散性を守るために果敢に行動したBull Bitcoinの姿勢、そして10年以上にわたって貫かれてきたサイファーパンク的価値観への忠誠。これこそが、彼らをビットコイン史における伝説的存在として確固たる地位に押し上げている。

