アンデスの高地から、波打ち際のサーフタウン、そしてアマゾンの辺境まで。ペルーの多様な風景の中で、ビットコインは静かに、しかし確実に根を張りつつある。それは政府の命令や企業の導入といった「トップダウン」の産物ではない。人道支援とビットコインの「金融主権」を融合させた、草の根のうねりだ。
その最前線に立つのが、リッチ・スウィッシャーとバレンティン・ポペスクが共同設立した非営利団体「Motiv Peru」である。彼らは長年、銀行口座を持てない(アンバンクト)地域の人々に、日々の生活や教育、商取引でビットコインを活用するための「武器」を授けてきた。2019年に始まった靴の寄付活動は、今やリマ、クスコ、ワンチャコを拠点に10の活動ゾーンへと拡大。毎週750以上の世帯を支える巨大なネットワークへと進化した。
50人のスタッフとボランティアを擁するMotivが証明しようとしているのは、発展途上国におけるビットコインの真価だ。それは一時的な「施し」ではなく、長期的な「自立(エンパワーメント)」のためのツールである。彼らは独自の戦略を通じて、初期のビットコインが掲げた「アンバンクトへの銀行機能の提供」という理想を、文字通りの循環経済(サーキュラー・エコノミー)として具現化している。
既存の法定通貨ベースのNGOが成し得なかったことを、なぜMotivは実現できたのか。そして、そこにビットコインがどう関わっているのか。
「アルパカの靴下」から始まった歴史の萌芽
ペルーとビットコインの間には、古く、そして興味深い因縁がある。ビットコインの最初期のユースケースの一つとして記録されているのが、実はペルー産のアルパカ靴下なのだ。
2011年初頭、「Grass Hill Alpacas」のような業者がウール製品の対価としてビットコインを受け入れ、米国へ輸出していた。これはビットコインの黎明期、1万BTCでピザ2枚を購入した、あの伝説的な取引(2010年5月)と同時期の出来事である。
時を重ね、2025年。ペルーのクリプト情勢は爆発的な成長を遂げた。Chainalysisのデータによれば、ラテンアメリカは世界有数のビットコイン採用拠点となり、ペルーだけでも年間約280億ドルの取引額を記録。送金コストの削減、インフレへのヘッジ、そしてスマートフォン普及によるウォレットの浸透が、この潮流を後押しした。
泥小屋の少年と「ハッピー・ステップス」
Motivの原点は2019年に遡る。米軍・警察出身で国際ビジネスの経験を持つスウィッシャーと、2007年からペルーに住み物流とNGO活動に精通していたルーマニア出身のバレンティン。二人の出会いは、クスコの辺境にある村での遊び場作りだった。
そこでバレンティンは、7歳の孤児ジョナサンと出会う。泥小屋で一人暮らし、栄養失調。母親を亡くし、父親はアルコール中毒。絶望的な状況にありながら、ジョナサンは手渡されたグラノーラバーを、自分よりも先に周囲の子供たちに分け与えた。 「村で最も見下されていた孤児が、他人のことを考えていた。私の心は打ち砕かれました」と、バレンティンは振り返る。
極寒のアンデスで、まともな靴がないことは死活問題だ。通学すらままならない。スウィッシャーとバレンティンは寄付を募り、子供たち全員に靴を届ける「ハッピー・ステップス」プログラムを開始した。 活動の際、彼らは子供たちの荒れた足を自らの手で洗う。「リーダーとは、語ることではない。奉仕することだ」――この信念が、Motivの背骨となった。
COVID-19という「オレンジピル」の瞬間
転機は2020年、パンデミックと共に訪れた。ロックダウンにより経済が麻痺し、人々は靴よりも「食料」を切望した。しかし、従来のNGOの仕組みでは、特定目的(靴)のために集めた寄付金を勝手に食料へ転用することは許されなかった。
窮地に立たされたスウィッシャーは、一人のビットコイナーに辿り着く。そのドナーは食料支援の資金提供を快諾したが、一つだけ条件を出した。 「支払いはすべてビットコインで行うこと」
ビットコインを受け入れる店など、当時のペルーには皆無に等しかった。バレンティンは片っ端から店を当たり、ようやくビットコイン決済を承諾する小さなキオスクを見つけ出した。さらに、以前から靴の供給元だった職人のオルジャーを説得した。オルジャーもまた、パンデミックで妻と仕事を失い、3人の子供を抱えて途方に暮れていた。彼はMotivからビットコインを受け取り、自ら靴作りを教えることで、プログラムの不可欠なパートナーとなった。
2026年、ペルーに根付く「ビットコインの真実」
それから数年、Motiv Peruは洗練された「自立支援マシン」へと変貌した。 最初は単なる「決済手段」として導入した商店主たちも、次第にその技術的・経済的背景に興味を持ち始めた。今ではペルー全土15拠点で、月曜から土曜までビットコインと金融リテラシーの教育プログラムが実施されている。
2025年のMotiv主催イベントには、サッカー大会「Copa Bitcoin」やクリスマスフェアなどを通じて6,000人以上が参加。週に750以上の世帯がビットコインで繋がり、年間取引件数は3万件に迫る勢いだ。彼らの入り口は、使い勝手の良い「Blink」ウォレットである。
Motivが成し遂げたのは、単なる送金ではない。中央集権的な支援に依存せず、自らのコミュニティ内で価値を循環させる「強さ」を住民に授けたのだ。
「リーダーシップとは、奉仕すること」。 アンデスの寒風にさらされた子供の足を洗うことから始まった彼らの旅は、今、ビットコインというデジタルな翼を得て、ペルーの未来を塗り替えようとしている。







