「ビットコインの最初のひと口は、
受け取りの準備ができ次第、すぐにあなたの元にやってくる」
— Gigi
「オレンジピル」という言葉は、もはやビットコイナーになることを表すもっとも正確な表現ではないかもしれないが、その核心的な考えを伝えている。まるで『マトリックス』でモーフィアスがネオに青と赤の錠剤を差し出すように、それは選択の瞬間、あるいは知識が与えられる瞬間を表している。誰があなたにビットコインはよいアイデアだと気づかせたのか? 誰があなたをビットコイナーにしたのか?
ときには特定の人物や瞬間を指摘できることもあるが、多くの場合、それは水漏れしている蛇口からゆっくりと滴る水のように徐々に始まり、やがて静かに蛇口が開き、そして爆発的に、キッチン全体を浸水させる。
誰しもそうだった。世界の出来事もそうだった。私の潜在意識もそうだった。あるいは、サトシ自身でさえそうだったかもしれない。
これらの答えは、どれもほぼ正しい。トマー・ストロライトの『Satoshi and Me』では、サトシがいかに「私の心の奥深くに入り込み、その痕跡を至るところに残した」のかが鮮明に語られている。
数カ月前、友人が私に「君にオレンジピルを飲ませたのは、僕だったのか?」と尋ねたことがある。そこで、私は「ふん。むしろ、オレンジピルを飲ませ損ねたんだよ!」と答えた。
私たちは、2018年と2019年に何度も交わした会話を振り返った。お金、貯蓄、金融政策、中央銀行の役割、経済の仕組みなどについての議論だ。彼は何度も、ビットコインがいかに優れているかを私に示そうとした。しかし、あの投機的でハイテクなチューリップのようなものがどうして優れているのか、私にはまったく理解できなかった。ましてや、ビットコインが(理想的には)機能する中央銀行に取って代わることができるなど、到底考えられなかった。私は、彼と同じくマクロ経済の問題に気づいていたが、それを解決するには、よりよい(法定通貨による)金融政策が必要だと考えていた。
私たち文筆業は剣ではなくペンで生きているので、学びの大部分を公の場で行なわなければならない。私たちのアイデアはタイムスタンプ付きの公的記録になる。つまり、私がビットコイナーになったのは2017年から2021年の間だったといえる。すでにそれ以前から、非常に渋々ながら最初のサンプルsats(サトシ)を受け取っていた。
- 「ビットコインに疑問がある」(2017年12月):ビットコインに興味をもち始めた
- 「ビットコインの固定供給量は弱点だ」(2019年8月):敵対的なノーコイナー
- 「新たなビットコイン・マンは現れない」(2020年5月):イラ立つ強迫観念者
- 「ポートフォリオのどれくらいをビットコインに割り当てるべきか?」(2021年8月):弁解する楽観的信奉者 ── 柔らかなオレンジピル
- 「ビットコインの欠陥はどれほど深刻なのか?」(2021年12月):私たちの仲間だ!
その年の終わり、まさにこのページで、私は自分の知的旅路を振り返り、新型コロナウイルス(権威主義)と市場価格が私の考えを変えた加速要因だったと指摘した。それらは重要なきっかけではあったが、要点は、私の心がすでにその考えを受け入れていたということだ。ヤン・プリツカーの『Inventing Bitcoin』でビットコインの内部を探究したことをはっきりと覚えている。ステファン・リべラのポッドキャストを2018年7月の初回から何時間も聞き続けたことも、決して無駄ではなかった(以後、私は、オレンジピルの旅に出る人にとってもっとも重要な読み物となる『The Genesis Book』『Broken Money』『Bitcoin Age』を編集してきた )。
おそらく、あの形成期の数年間に友人と繰り返し熱論を交わしたことが決定的な要因となり、私はサトシを心から受け入れるようになったのだ。オレンジピルを飲んだ瞬間など特になかった。私が歩んできた知的(そして、おそらく倫理的)な道のりは決して平坦ではなく、その過程では幾度となく自己を省み、自分の核となる信念を再考する必要があった。
You know what’s shitty.
Literally a year ago I was telling all my friends to buy Bitcoin when it was around $60k.
It’s now DOUBLE that. None of them bought any that I know of.
It’s a shame that they haven’t taken advantage of atleast learning about Bitcoin/taken the time to…
— ₿itcoin Jake (@BitcoinerJake) July 14, 2025
オレンジピルを飲んだヘミングウェイ:私たちは破産と同じ方法で学ぶ
「もう人にオレンジピルをすすめたりはしない。でも質問があれば、一日中でも話すよ」
私たちは破産するときと同じように、徐々に、そして突然に、気づきに至る。オレンジピルについても、強く信じたり支持したりする何かについても、はじまりや正確な転換点を指摘するのは難しい。
ストロライトは素晴らしいエッセイの結びで、サトシが彼を手放したとき、言葉を失ったと書いている。まさにその通りだ。多くの人が同じように表現している。ビットコインが頭の中を駆けめぐり終えたとき、あなたはもはや、かつてのあなたではない。
この存在(それが何であれ、その運命がどうであろうと)は、私たちを驚かせ続ける。そして、たとえそれが私たちを虜にし、執着させるようになっても、それが私たちの心のどこから来たのか、いまはっきりと見えているものを誰が私たちに気づかせたのかをたどることは難しい。
だから、次にビットコインに関する会話をして「時間の無駄だった」と感じても、ぜひ覚えておいてほしい。それは無駄ではなかったかもしれない、と。